Hunting Grounds

 人通りの無いその雪道を、沢渡真琴は走る。
 道沿いには木が植えられ、春ともなれば散歩をする人もいそうな感じではあるが、空気が刺すように冷たいこの時期では、そんな物好きもいないようだ。現に、道には足跡はついていない。
 真琴が追っているもの以外には。
 そう、真琴はその足跡を追っている。つまり足跡の主は真琴にとって捕縛すべき人物であり、現在のその姿を直接視認していない真琴にとって、その足跡は唯一の手がかりであると言えた。
 この逃走劇を始めて、すでに一時間が経とうとしている。常に全力ではなかったとはいえ、その間ずっと走り続けていたため、真琴の顔には疲労の色がうかがえる。息は切れ、額には汗がにじみ、頬は紅潮している。しかし同時に、その顔には歓喜しているかのようなものもまた見られる。真琴の胸に宿るのは、忘れかけていた感覚。人の里へとやってきて、人の群れの中で暮らして、なくしてしまったかと思っていたもの。そう。
 狐は、狩りをする生き物なのだ。
 走りながら上着のポケットに手を突っ込み、そこから携帯電話を取り出す。短縮機能を用いてすばやくダイヤルし、息を整えて一言。
「フォックストロントからパパへ。対象の現在位置情報を報告されたし。オーバー」
「にゃー。にゃにゃ、にゃー」
「了解。パパは引き続き索敵任務を続行。フォックストロントは対象への接敵を試みる。グッドラック」
「みゃ」
 必要事項を相棒に伝え終え、電話を切りポケットへ入れなおす。相手に地の利があるせいか、ずいぶんと手間をかけられたが、それももうすぐ終わりだ。相手にはもう、逃げ道はない。
 前方を確認する。相棒からの連絡に在った通り、そこには一棟の建物があった。煉瓦作りで丈の高いその建物は、周囲を木々と鉄柵に囲まれ、薄暗い雰囲気を醸し出している。足跡はそこの入り口へと続いている。間違いない。奴はあの中にいる。
 柵の側で、しばし立ち止まる。
 ここから建物の入り口まで、ささやかな庭が在る。足跡を見ると、特に寄り道したような跡は無く、まっすぐに建物へと向かったようだ。おそらく、罠の危険は無い。
 すばやく判断し、しかしそれでも警戒は怠らずに姿勢を低くして入り口まで移動する。問題無し。二枚開きの大きめの扉は内向きに開け放たれており、雪に濡れた足跡がその中へと続いている。入り口横の壁に背を預け、まず一息。しかるに武器を確認する。
 両手に持つ、二丁の拳銃。
 護身用として購入したもので、名前は知らない。確かずいぶん長ったらしい名前がついていたと記憶している。それだと不便なので、真琴は見た目から『白いの』『黒いの』と名づけ識別している。両手で器用にマガジンを排出しひとつずつ弾数を調べる。接近したときに威嚇射撃したせいで『白いの』の弾が若干減っていることに気づき、ポケットから弾を出して補充。ついで双方一本ずつある予備のマガジンも確認しておく。こちらは弾数に問題無い。
 作業を終えると突入の構えを取る。『白いの』のマガジンはぴかぴかと磨かれており、鏡の代わりとして利用できる。真琴は手を伸ばし、それをそっと扉の向こうへ持っていき、反射で内部の様子を確認する。外から見た通り、その建物の天井は随分と高い。それはいいのだが、問題は地面だ。木製の長掛け椅子がいくつも並べられており、見通しは非常に悪い。確かに、逃げ込むには適していると言える。敵もまんざら無能というわけでもないらしい。息を吐く。それでも逃がすわけにはいかない。地形的には不利だが、武装ではこちらに分が在るはず。ここで取り逃がして、また鬼ごっこをするつもりもない。
 覚悟を決める。
 銃を構え、体勢を低くし、足音を殺し、五感を研ぎ済ませ内部に踏み込む。やや遠くに在る向こう側の壁に見えるのは、巨大な十字架と、それに張りつけられた聖人の姿。それを見て、真琴は思い出す。人が作りだした、とてもとても大きな物語。そして、地上にいるものがそれを代言する場所。
 ここは、教会だ。

 *

 月宮あゆは逃亡していた。
 逃げ足にはそれなりに自信が在ったし、その証拠に今まではずっと逃げ通してきた。それが――今はこの有り様だ。「うぐぅ」と、口から悔しそうな声も漏れる。しかし、だからと言って逃げるのを止めるわけにはいかない。雪道に足を取られそうになりながら、必死に逃げる。普段はお気に入りのコートも羽付きリュックも、この時ばかりは少し重荷に思えた。
 ――なんで、たまたまおサイフを忘れたときに限って、あんな子がいるんだよっ!
 などと心の中で愚痴を吐くが、これは甚だ平等さに欠けているといえる。あゆの万引きは常習化しており、『たまたま財布を忘れた』というのは方便に過ぎない。そもそも今のあゆには、その買い物をするぐらいの財力は在るし、殊更にその出費を惜しんでいるわけでもない。言うなれば――中毒である。『万引きをする』という行為そのものに、抗い難い衝動を覚えてしまうのだ。
 その事は自覚しているし、何時かは直さねばならないと思う――しかし、目下の所それよりも大きな障害が迫りつつある。つまり、自分を追跡してくるあの少女――瞳にどこか獣の輝きをたたえた、狩猟者である。
 彼女の足はそれほど速くも無い、とあゆは考えている。競技種目でならともかく、こうして街中を走る分には自分の方に分が在るだろう。しかし、現実には自分は彼女を振り切れずにいる。もしかしたら、と考える。彼女には、『協力者』がいるのではないだろうか。例えば、自分の位置を補足し、要所でそれを彼女に伝えているような――。
 が、それを考えている余裕は無い。ちらりと後ろを見る。今のところ、視界に彼女は見えない。しかし、油断は出来ない。道には足跡がくっきりと残ってしまっているし、自分の仮説通りに『協力者』がいるのならば、一時的に振り切ったとしても、やがてまた見つかってしまうだろう。
 それなら、どうする?
 考える。現状のままでは、逃げきることは難しい。
 ならば。
 発想を転換する。そもそも、何故自分がここまで追われなければならない? 確かに自分は罪を犯した。しかし、それはこうも追いまわされるほどには重くないはずだ。そうとも。自分の今の状況は、正当なものとは言い難い筈だ。
 盗人猛々しい理屈である。が、その考えはあゆの心を高揚させるに足るものであった。「うぐぅ」。もう一度呟く。しかしそれは、先程のように弱さを含んだものではない。確固たる信念を自分自身に言い聞かせるための、強さを含んだ「うぐぅ」だ。
 覚悟を決める。
 眼前に迫る建物。あそこがいい。相手は射撃武器を保持している。ならば、広い空間よりも遮蔽物の多い場所のほうが有利に戦えるはず。残る問題は、彼女の『協力者』。それが自分の推測通り自分の補足を目標としたているのだとすれば、そいつを先に排除しておく必要が在る。
 よし。
 やってやる。
 腕に持つ紙袋の中で、未だ湯気をあげ続けている『それ』を握りしめ、あゆはその建物――教会の中へと入っていった。

 *

 四方に注意を払いながら、ゆっくりと教会の中を進む。
 ここに来る前からの気がかりが一つ。相棒――猫のぴろからの連絡が途絶えている。こう言った閉鎖空間での作戦においては、ぴろは高所、及びそれに類する見通しのよい場所に位置し、そこより全体の状況を真琴に伝える、と言う配置を取るはずであった。しかし、それに該当する場所に目を移しても、それらしき姿は無い。
 まさか、と真琴は思う。『対象』に発見され、すでに――処分されてしまったのだろうか。
 その事が真琴の心を乱す。だが、つとめてその心を押し殺す。作戦中に感傷に浸る馬鹿はいない。涙を流すのはすべてが終わってからでいい。まずは、奴を、

 突然どこからか音楽が鳴り響いた。

 思わず狼狽える。辺り構わず銃を撃ってしまいたいたくなる衝動を、必死に押さえる。心を落ち着けさせ、音源を確認する。直接は見えないが、どうやら壁のどこかにスピーカーが備え付けられているようだ。音は広々とした教会の中で反響し、真琴の耳に軽い混乱を起こさせる。
 ――なかなか、やるようね。
 この状況では音によって相手の位置を知ることもできない。ますますこちらが不利になったといえる。音を出す設備の事を事前に知っていたのか、それとも即興で調べたのかは判らないが、相手はなかなか切れる奴のようだ。
 殺すべき衝動がもう一つ。
 自分は、この状況を楽しんでいる。
 視界は悪く、反響する音で聴覚も封じられた。しかし、手がかりはまだ一つ残っている。焼けた小麦粉と、それに包まれた餡の匂い。奴が奪い取ったものの匂いだ。静かに鼻を動かしながら、その匂いの位置に意識を集中させる。
 唇が乾く。小さく舌を出してそれを湿らせながら、真琴はゆっくりと歩みを進めた。

 *

 罠は仕掛けた。
 後は、相手がそれにかかるのを待つこと。そして、かかった際に、迅速に次の手を打てるよう準備をしておくことだ。
 うずくまり、息を殺し、しかし意識は相手に集中させながら、あゆはその行動を観察する。この教会に入ってからの僅かな時間で生きている音響設備を発見し、それを作動させ、相手を撹乱させることに成功できたのは僥倖といっていい。が、もちろんそれで即勝利に結びつくわけではない。相手は今は自分の姿を見失っているだろうが、それでも周囲に対する警戒を怠ってはいない。ここで背後から飛びかかった所で、距離を詰めるまでの僅かな時間で体勢を整えられ、返り討ちにあってしまうだろう。
 隙をつくならば、致命的な隙をつかなければならない。そして、相手が自然にそれを作ってくれるのを待つことが出来ないならば、こちらから隙を作るよう、仕向けるだけだ。
 だから、あゆは罠を張った。
 じっと、敵の動きを観察する。足音も立てずに、彼女は歩いていく。その先には――あゆの仕掛けた罠が在る。よし。とあゆは思う。相手は、こちらの意図に引っかかろうとしている。
 静かに――慎重に慎重を重ね、静かに移動する。相手の位置と罠の位置から、自分がいるべき最も適切な位置を探りながら。
 まずは、奴が両手に持つあの武器を奪い取ることだ。
 それさえできれば、相手の持つ優位性を著しく損なわせることができる。

 *

 音を立てず、慎重に。
 そして。
 真琴の動きが突然機敏なものへと変化した。とんとん、と小さな音だけを立てて椅子の上を跳ね、目標の、奴が盗んだもの――たい焼き――の匂いがする場所へと移動。即座にそこに銃口を向け、
 いない。
 そこにあるもの。大きめのダッフルコート。それにくるまれた、黒く、両脇に羽のついた背負い鞄。その中からする匂い。自分が今まで、頼りにしていた匂い。
 真琴の心に、一瞬の動揺が走る。
 そしてすぐに気付く。これは罠だ。自分は誘われたのだ。ならば、敵は――、
 思考がそこに行き付いた時、真琴の体はすでに次の事態へと反応しようとしていた。しかし、その一瞬が命取りだった。
 背後から、衝撃。
 真琴は椅子の上に立つという、不安定な体勢であった。ゆえにその衝撃に耐え切ることができず、無様に椅子から転げ落ちる。転げ様首をひねり、対象が自分にタックルをしかけてきたことを知った。そのまま地面側の右腕で受身の準備をし、空いた左腕に持つ銃を対象に向け、連打。一発二発三発。すべてはずれ。右腕が地面に接する。体勢が崩れる。落ちたのは床。椅子の上で無かったのは幸いというべきか。床の上を滑るようにしながら、四発目から七発目。やはり、手応えは無い。転げたときの衝撃が消えきらぬうちに体勢を建て直し、膝立ちのまま九発から二十発まで連打。そこで気付く。自分は右手に銃を持っていない。床を見る。落ちてもいない。つまり。
 自分が持っているものではない銃声が響く。
 即座に近くにある椅子の影に隠れる。やばい。どうやら、落下した際に銃を落とし、さらにそれを敵に奪われてしまったようだ。くそ、と自分の迂闊さに舌を打つ。床に転がる、相手が撃った弾を見る。自然分解され土に還るバイオ弾は地球環境には優しいが、撃たれる方にはもちろん優しくない。そもそもゴーグルも付けずにサバゲーをやるのは大変危険なのだ。
 ふう、と一息つく。
 そして手だけを椅子の上に上げ、相手がいる方に適当に見当を付けて、一発。もちろん、当たることは期待していない。真琴の撃つ銃弾に反応したかのように、その方向から発射音。それはこちらの攻撃に対する反撃。そして、真琴にその銃の持ち主の位置を知らせるもの。
 弾けるように、移動を開始。ほとんど這うような体勢で、目指す場所へと疾走。床に描かれた模様が流れる。椅子の列が途切れる。最小の動きで方向転換をし、最大の加速で再び動き出す。視界の片隅に銃口。意識を集中させる。角度から弾道を読む。不自然な挙動で横に跳ねる。回避する。自らも銃口をそこに向ける。撃つ。弾は椅子で弾ける。相手までの距離が詰まる。また一歩進む。つま先が地面を蹴る。音楽が聞こえる。
 ものすごく近くに、敵がいた。
 ここに来て真琴は、はじめて、相手の顔を間近で見た。
 ここに来てあゆは、はじめて、相手の顔を間近で見た。
 二人は一瞬だけ、黙ったまま見つめあい――そして、お互いに銃口を向けあう。お互いに立ちあがり、廻る様に踊る様に、静かに移動する。二人の眉間にそれぞれ合わされた銃口は、その動きにあわせて、す、と動く。同時に、引き金を引く。
 銃口は沈黙を守る。弾切れだ。
 それでも二人は銃口を向けたまま、真琴は空いている手でポケットに手を入れる。マガジンがひとつ。前を見る。あゆもまた、マガジンを持っている。
 ――やれやれ、とんだドジを踏んだものね。
 真琴は心の中で自嘲し――しかしその顔は微笑んでいる。
 こんなにも――楽しいのは、久しぶりだ。
 どこか凶暴な、それでいて愛らしい少女のような、不思議な笑みを浮かべたまま、真琴は言う。
「沢渡真琴。たい焼き屋アルバイト」
 あゆが答える。
「月宮あゆ。食い逃げ生霊」
 二人は名乗りあった。そして、ほぼ空になった銃のマガジンを排出。落ちたマガジンが、石の床に跳ね、乾いた音を立てる。ぶつり、とスピーカーから流れる音楽が途絶える。二人は見つめあう。またぶつり、と音を立て、今までとは違う音楽が再生される。最初ノイズまみれだったそれは、少しずつ澄んだ音を取り戻す。真琴は思いだす。確か、この音楽は聞いたことがある。そう。

 パッヘルベルの、カノン。

 繰り返すフレーズに身を合わせるように、二人はマガジンを銃に装填し、銃口を向け、そして。
 微笑みながら、闘いを始める。

 そして闘いは終わる。

「おいしーねーあゆさん」
「そーだねー真琴ちゃん」
 真琴とあゆは教会の椅子に並んで座り、あゆが万引きしたたい焼きを仲良く食べていた、その足もとには、今まであゆにとっつかまってリュックの中に押しこまれていたぴろが、「生きたここちがしなかったぜ」と言わんばかりの表情で一息ついていた。
 あのあと。
 両者がマガジンを装填したのは同時で、狙いを定めなおしたのも同時で、引き金にかけた指に力を込めようとしたのも同時なら、二人のおなかがぐぅとなったのも同時であった。
 まあ、無理も無い。
 二人とも育ち盛りの食べ盛り、にくまんとたい焼きという差こそあれ、暇さえあればあうーっだのうぐぅだの言いながら貪り食っているような連中である。今までの、追って追われての運動量は、二人の腹をすかすのに十分足りるものであった。
 なので、二人は腹が減ってはいくさはできぬとばかりに、たい焼きに手を出すことになったのである。
「でも、あゆさん、真琴の目を盗んで万引きなんかしたらだめなのよ。真琴、あそこでアルバイトしてるんだから、その間に何かあったら真琴のせいになるんだから」
「うぐぅ……ごめん、今度は真琴ちゃんがいないときにするよ」
 あゆの返事を聞いて、真琴が満足そうに肯く。
 真琴がたい焼き屋の屋台でアルバイトを始めたのは少し前からだ。真琴は今、社会勉強を兼ねて様々な職に手を伸ばしており、たい焼き屋もその一つだったというわけだ。そしてそこに、あゆが日課のたい焼き泥棒に訪れ、今のような顛末になったのである。
 あゆはふと真琴の手に持つ銃に目を向け、
「それにしても真琴ちゃん、なんだかすごいの持ってるね」
「これ? うん。秋子さんに買ってもらったの。護身用だって。エアガンだけど、結構威力あるのよ」
「へえ。ぴろくんとの息もばっちりだったし、さすがのボクもやられちゃうかと思ったよ。あの追跡術、生涯忘れないよ」
「ううん。あゆさんの逃げ足こそあっぱれって感じ」
 そう言いあって二人はがしっと互いの腕を組み、視線を交わしあう。
 そこには、闘いを通じてのみ生まれる絆が、確かに芽生えていた。
 そのときだった。
 教会の入り口付近から、だん、という音が響き渡った。二人はとっさに銃を構え、その方向へと向き直る。
 そこにいたのは。
「……真琴ーっ」
「あうっ!?」
「……あーゆーっ」
「うぐぅっ!?」
「おーまーえーらー、何やってんだぁーっ」
 怒号が教会に響き渡った。
 そこにいたのは、真琴の居候仲間にしてあゆの初恋の人物、相沢祐一17歳だった。
「たい焼き屋のおやじさんから聞いたぞっ! あゆ、また食い逃げしたんだってなっ! それから真琴っ! お前、店員のくせにグルになってどーするっ!」
「ち、違うわよっ、これは全部このうぐぅがやったことだもん真琴は巻き込まれただけだもんっ」
「わわわっ、真琴ちゃん、さっき二人の間に芽生えかけた友情はどこへ行っちゃったのっ!?」
「そんなん知らないわよぅっ!」
「ひ、ひどい、ひどいよ真琴ちゃんっ! ボクの事捨てるっていうのっ! 遊びだったのっ!?」
「ええい、そんなことどうでもいいわっ!」
 醜い争いを始めようとした真琴とあゆを制止し、祐一は一歩また一歩と二人の元へ近づいていく。
「まったく、お前らみたいな悪ガキにはしかるべき刑を処すからな。まずはたい焼き屋のオヤジさんとこに連れてって、それから秋子さんだ。こうなった以上、俺はジャムを使用することすら辞さんぞ」
 ジャム。その言葉に二人の背筋が凍りつく。
 秋子さんの最終兵器として頻繁に用いられ、現在では陳腐化した感も否めないジャムではあるが、しかし被害者にとっては笑いごとですむものではない。
「くっ」
「うぐっ」
 二人は恐れをはねのけ、お互いの瞳を見つめあう。
 ちょっと前までは闘っていた。ついさっき仲たがいもした。
 しかし、いやだからこそ、相手の実力がよくわかる。二人はすでに、十年来の相棒のそれほどに、心が通じ合っていた。
 銃を手に取る、肯きあう、そして、目の前に迫る処刑人を睨みつける。処刑人もまた、冷淡な、まるで出荷前日の豚を見るような目でこちらを見る。
 ――逃げられるものなら、逃げてみろ。
 と、その瞳は言っている。
 ――絶対に、生き残ってみせる。
 と、二人の胸に、熱い思いが宿る。
 足を曲げ腰を落とし、走り出す準備をし、

 そしてまた、狩りの時間が始まる。

『Hunting Grounds/終』