AIR小ネタ集。
「神尾親子の暮らし」

FAT

 ある正月、神尾親子はダラダラとしていた。

「観鈴、運動もせんと、家でごろごろしてたらあかんで」
「お母さんだってごろごろしてる」
「うちは大人だからいいんや。大人は火の子やしな。子供は外で遊んできいや」
「外、寒い」
「そないなこと言って。あんた動かんからちっと太ったんちゃうん?」

 観鈴、どき。

「そう、かな」
「そうや」
「わたし、でぶちん?」
「そうや。観鈴ちんでぶちんや」

 そういえばおなかがちょっとたぷたぷしてきてる気もする。

「……体重はかってくるっ」
「行ってきい」

 観鈴、体重計に飛び乗る。
 その数値は……確かに増えていた。

「……観鈴ちん、ふぁっと」

 ……それだけっ!

「しゅくだい」

 ごおおん。

「たっだいまや〜って、観鈴まだ起きとるん?」
「うん」
「もー夜も遅いで。早よ寝えや」
「まだ、宿題が終わってない」
「あん? しゃあないやっちゃな。ちょっと見せてみ」
「お母さんわかるの?」
「ばかにするんやないで。こー見えてもうちは学生時代優等生で通ってたんや」
「……うそっぽい」

 ぽかっ。

「イタイ……」
「あほっ! 確かに嘘やけど、そないはっきり言われたら腹立つわっ」
「がお……」
「がお言うな。ま、ともかくうちに見せてみ」
「うん」

 観鈴、晴子に宿題を見せる。

「……」
「できそう?」
「あ、あったり前やないか。これぐらいお茶の子さいさいやで」
「がんばって」
「……うちががんばってどないすんねん」

 ………
 ……
 …

「お母さん、もういいよ」
「じゃかあしぃっ、黙っとれっ」
「でも、わたしもう寝ないと、明日寝坊しちゃう」
「知るかっ! これはうちのプライドの問題やっ! 解けるまで今日は寝えへんで」
「……お母さんやってくれるの?」
「あほっ! そしたらあんたの宿題にならへんやんか。うちが解いたあとで、改めてあんたが解くんや」
「……それ、意味無いよう」

 結局、晴子はその宿題を終えることはできなかったとか。

熱。

 ぶおおん。
 平日の学校に不似合いな音が鳴り響く。
 音の元は一台のバイク。それに乗っていた人物、神尾晴子はまっすぐに校舎の中のある部屋を目指していた。
 保健室。

「観鈴っ!」
「あ、お母さん」

 晴子、部屋の中に入るなり娘の名を呼ぶ。
 その娘、神尾観鈴が以外に元気なのを見て、まずは一安心したようだ。

「なんや……けっこう元気そうやな」
「うん」
「びっくりしたで。いきなり学校で熱出した言うもんやから」
「うん……ごめんなさい」
「……ま、ええけどな。で、一体なんやったん?」

 そう聞かれて、観鈴は答えづらそう。

「えーとね」
「なんや?」
「おこんないでね」
「は?」
「その……知恵熱、だって。観鈴ちん、頭使いすぎちゃった」

 観鈴、頭ぽりぽり。

「……」
「お母さん」
「だ、」
「だ?」
「だっしゃらぁっ!」

 晴子、一徹暴れ。
 後の保健室の惨状、筆舌に尽くしがたし。

 夕暮れの町。
 晴子は観鈴をバイクの後ろに乗せて、家路についていた。

「一体なんやねん。このオチは」
「にはは」
「にははやない。全然おもろない」
「……ごめんなさい」
「そや。反省しい。あんたばかなんやから、あんま頭使ったらあかんのや」
「お母さん、それひどい」
「ひどかろうと、それが真実や」
「……がお」

 晴子、バイクを走らせつつぽか。

「……イタイ」
「まったく、こーゆー学習能力ない所がばかや言うねん」
「うー」

「でもな」

 晴子、ぽつり呟く」

「え?」
「熱出るぐらい頑張ったんやろ?」
「……うん」
「そうゆうところは、ちっと偉いで」
「え……」

 観鈴、ちょっと考え、

「うんっ」

 大きく返事。
 やがて、二人は家につく。

かたたたきけん

「お母さーん」

 ばたばたと、観鈴は晴子に駆け寄った。

「なんや騒々しい」
「えへへ。ね、プレゼント」
「なんやて?」

 そう言って、観鈴は晴子に紙切れを渡す。

「……なんやの?」
「肩叩きけーん。お母さん、もう歳だし肩こるでしょ」

 晴子、なにも言わず全力攻撃。

「イタイ……」
「観鈴ちゃーん。なかなかなめたこと言ってくれるやないの」
「わ、なめてないよ、なめてないよっ」
「ダメや。あんたはうちのナイーブな心を傷つけたんや」
「でも、ほんとのことだし……」

 晴子、なにも言わずに全力攻撃そのに。

「すごくイタイ……」
「ほんとのことは人をごっつ傷つけるんや。
 大体なあ。あんたそないな歳になって肩叩き券よこす奴があるかい」
「うー」
「にしても、これ随分とぶっさいくやけど、あんたが作ったんか?」
「うん。紙買ってきて、クレヨンで字書いて、はさみでじょきじょきーって」

 晴子、なにも言わずに全力攻撃そのさん。

「ものすごくイタイ……」
「あほっ。刃物つこうんはうちが見てるところでってゆっとるやろっ」
「……わたし、『そないな歳』だし、料理のとき包丁も使ってるし……」
「屁理屈抜かすなっ。そんな子はバケツ持って廊下に立っとれっ」
「が、がお」

 晴子、なにも言わずに全力攻撃そのよん。

「もうダメっぽい……」
「がおゆうなっ。さっさと行っとけっ」

 晴子にどなられ、観鈴泣く泣く部屋から出ていく。
 そして部屋には晴子が一人。

「まったく、困った子やなあ」

 そう言って、先ほどの騒ぎで床に散らばった観鈴作の肩叩き券をかき集める。

「こないなもん渡されてもなあ」

 苦笑する。

「もったいのうて、使えへんやんか」

ひなたぼっこ

 ぐぉぉぉん。
 爆音をとどろかせ、晴子がその愛車とともに家路につく。

「たっだいまやでー」

 そう言って、どたどたと家の中に入っていく。
 どうも、酒が入ってるっぽい。

「晴子さん、ひさびさに昼間から家におるでー」
「観鈴ちんは学校行ってていないかなー」

 誰に言うとでもなく、そんなことを言いながら歩き、
 そして止まった。

「……観鈴?」

 見る。
 窓際の、ひなたとなっている場所。
 そこに、観鈴が倒れていた。

「観鈴っ!?」

 晴子、慌てて駆け寄る。観鈴を抱きかかえ、その様子を見ようとし。
 そして、観鈴の声を聞く。

「くー」
「……」
「むにゃむにゃ」
「……おい」
「もーおなかいっぱいー」
「……なめんなこんガキャッ」

 晴子、いつもより気合入ったぽかっ。

「むにゃっ! いた、イタイ……って、お母さん!? どうして? 
 わたし、山ほど麦チョコ食べてたはずなのにっ」
「そんなもん山ほど食うなっ! 紛らわしい倒れかたしとんなっ!」
「えっ、……わ、もうこんな時間」
「『もうこんな時間』やないっ! 学校はどうしたんやっ!」
「えーと、その」
「なんやの」
「朝起きて、出かけて」
「そこまではうちも知っとる」
「で、途中で忘れ物に気付いて、家に戻ってきて」
「ほう」
「それで、ここのところのひなたがあんまり気持ちよさそうだなぁ、て思って」
「……で?」
「その、五分だけ、て思って」
「この様かいな」
「うん」
「学校サボっちゃったなー」
「うん」
「悪い子やなー」
「うん。観鈴ちん悪い子」
「ちょっとは反省した顔せえっ」
「うー。でも、ここのひなた、本当に気持ちよさそうだったんだもん」
「知るかっ」
「ほら、お母さんもここにいてみて。そしたら、すぐ、くー、て眠れるから」
「あんたと一緒にすなっ」
「ほら、いいから。ね、ね」

 そう言って、観鈴はその場所にごろーん、と横になる。
 まだ眠かったらしく、すぐに寝息をたてはじめた。

「……おーい、観鈴ちーん……なんや、もう寝てもうたんかいな」
「すー」
「まだお母さんしかってる最中やでー」
「くー」
「はぁ、ま、ええか」

 晴子、観鈴のそばへと近づいていき、そこに腰を下ろす。
 空を見る。確かに、ぽかぽかとしていて眠くなる。
 横で眠る観鈴を見る。
 日を浴びながら、ゆっくりと揺れている娘を見る。
 触ってみた。
 暖かかった。
 ふ、と笑う。

「確かに、ええ天気やなあ」

 季節は春。
 もうすぐ夏。

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