野村たかしは、朝の教室で級友の七梨太助と遠藤乎一郎と顔を合わすなり、そうのたまった。
「たかしくん…そういうのは、人に催促するもんじゃないよ」
「そうだぜ。それに、今日って言われても、そんな急には用意できないって」
級友の、的確な意見を受け、たかしは愕然とする。
「がーん。みんな冷たいなあ。 おれたちの友情はどこに行ったんだよう」
「…友情って、物をあげる事じゃないと思うけど」
「…う。分かったよ。俺の負け」
何に負けたんだ?
そんなやり取りを横で見ていた、心優しいシャオリンは。
「たかしさん。お誕生日なんですか?」
「え、うん。そうなんだよ。シャオちゃん」
「それでは、お祝いをしましょう♪ね、太助様?」
その言葉を聞き、たかしはシャオの手を掴んで、
「ありがと?シャオちゃん。まったく、この中で人間らしい心を持っているのは、シャオちゃんだけだよなあ」
涙を流しつつ、手を上下にぶんぶんと振る。喜びを表現しているらしい。
まあ、シャオは人間ではないのだけれども。
「おいたかし、手を離せって」
ジト目で見る太助。たかしは急に真顔に戻って、
「じゃ、明日の放課後、お前の家に集合な」
「何でおれんちなんだよ!」
「お前んち広いじゃん」
「広いって…なんか、おれんちって溜まり場になってないか?」
そんな、状況を的確に判断しているとも言える太助の意見は、当然ながら無視されて。
「おう。じゃあ話もまとまった所で」
「まとまってない、まとまってない」
「そういう訳で、よろしく頼むぜっ!」
そして、みな授業を開始した。
昼休み。
昼食を終えた愛原花織は、太助たちの教室に遊びに来ていた。
ふとみると、野村たかしが妙に浮かれている。
「あの、七梨先輩。野村先輩てば、何かあったんですか?」
「ああ、なんか今日誕生日らしいぜ。ったく、誕生日ぐらいで、あんなにはしゃげるものかねえ?」
「そ、そうです、ね。ははは…」
放課後。
いつものメンバーは、毎度の事ながら、太助の家に集合していた。
しかし、垂れ幕の、「野村たかし誕生日おめでとうパーティー」(題字・のむらたかし)が、雰囲気をやや異なるものにしている。
「あ、あ、テスト、テスト。
皆さん、今日はお日柄も良く、って、山野辺っ、物なげんな!
今日は俺のソロコンサートに…もとい、誕生日パーティーのために集まってくれて、みんな、ありがとう」
勘違いしてる、勘違いしてる。
そういう、たかしの良く分からん行動こそあれ、パーティーは全体的に盛り上がっていた。
そもそも気の合う連中であることだし。
だがしかし。
そんな雰囲気の中で、普段なら水を得た魚のような働きを見せる愛原花織が、妙に切れが悪い。
なんだか、そわそわしているようで、落ち着かない。
そんな仕草に、目ざとく気付いたのは野村たかし。
この二人は、太助とシャオの中を引き離すべく日夜暗躍する、いうなれば同士だ。
であるがゆえに、同士の変化には目ざとい。
たかしは、狂乱の宴の中、こそこそと花織に近づき、
「花織ちゃん」
「え、ええっと、なんですか、野村先輩」
「あのさ…」
しばし、間。
「…トイレなら、さっさと行っておいた方が良いぜ」
たかしは殴られた。
宴は終わった。
そして皆、日常へと戻っていく。
わらわらと解散していく中で、たかしは、花織を家まで送っていた。
二人の家の方向は、比較的近いのだ…そういう事にしておいてくれ。
とてとてと歩いていくが、花織が喋らないので、妙に空気が白い。
「花織ちゃん、機嫌直してくれよう」
「…別に、怒ってないです」
会話が続かねえ。
しばらくするうち、花織の家の前まで辿り着いた。
「ほんじゃ花織ちゃん、また明日ね」
と、去ろうとするたかしを、花織は呼び止めた。
「あの、野村先輩」
「何?」
花織は答えず、たかしに近づいて、バックをがさごそと探る。
そして、その中から紙袋を取り出し、たかしの胸元に押しつける。
「…誕生日プレゼント、です」
「へ?」
突然の事に、たかしは言葉を失う。
「あ、ありがと…でも、さっき渡してくれても良かったのに」
「渡そうとは思ったんですけど…ちょっと間が悪くて」
花織はうつむいている。辺りは暗く、その顔はうかがえない。
「あ、これ、中見ても良いかな?」
「…どうぞ」
たかしは中を見る。
中に入っていたのは、マフラーだ。おそらく手編み。
市販品なら、ここまでひどくはならないだろう。
たかしは少し驚き、
「これ、花織ちゃんが?」
その言葉を聞いた花織は、ばっと顔を上げ、
「か、勘違いしないで下さいね。べつに、野村先輩のためにわざわざ編んだんじゃなくて、クリスマス、そう、七梨先輩へのクリスマスプレゼントに手編みのセーターを編もうと思って、それはその練習で作ったんですから! でも、野村先輩が急に誕生日なんて言うから、他のものを準備する時間も無くて、だからそれをプレゼントしようと思ったんです!」
一気にまくしたてる。
たかしは、そんな花織を見つめ、
「ふーん。俺は、ついでか」
ちと、意地悪気味に言った。
「え、あの、別にそういう訳じゃないん…ですけど…嫌、でしたか?」
小犬のような顔で見上げる花織を見て、たかしは少し笑い、
「うんにゃ。嬉しいよ、ありがとね」
と言って、マフラーを首に巻き、花織の頭をなでる。
花織は、少し怒ったような顔をして。
「ちょっと、子供扱いしないで下さいよっ」
そして、再びうつむき、小声で呟いた。
でも、喜んでもらえて、嬉しいです。
END
後日談
せっかく編んでもらった事だし、たかしは私服のときはそのマフラーを巻く事にしたのだが、
そんな事をしていると、要らぬ誤解を受けるとの花織からの文句をくらい、人前では巻く事を許されていない。
それを巻いて良いのは、二人で合うときだけなのだ。
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