『Moment's Peace』

* 前回までのあらすじ *

 そして彼らは勝った。

 夜も遅くの衛宮さんちに、四人の人物がどたどたと帰宅した。
 人物と言っても、真人間はこの家在住の衛宮士郎と、色々あって最近泊り込んでる遠坂凛の二人のみで、残る二人、金髪碧眼の一見美少女なれど、街中でプレートメイルなんぞ着こんでいる辺りポリスに通報されてもしょうがないぽい彼女通称セイバーと、赤いにもほどがあると評判の男通称アーチャーは、聖杯戦争におけるサーヴァントと呼ばれる、まあごっつい守護霊みたいな連中である。
 聖杯戦争という、大の大人がガチで殺り合う物騒なイベントにおいて、一旦仲良くしましょうと休戦条約を締結した士郎&セイバー組と凛&アーチャー組は、今日も今日とて他の連中と戦いを行い、そしてなんとか勝利をおさめたのであった。

「だぁーっ、疲れたーっ」
「……ほんっと、しんどいわ……」

 そうぼやくのは士郎と凛のマスター二人。家の居間に辿り着くなり畳に突っ伏し、そのまま寝こけてしまうのではないかという勢いである。
 対し、サーヴァント二人はさすがにそんな真似はしないものの、その顔には見て取れるほどの疲労がある。それだけ、此度の戦いが熾烈だったということだろう。
 しかし、いかに疲れているとはいえ、あまりと言えばあまりにだらしないマスター二人の有り様は、そのサーヴァントにとってみるに耐えないものだったらしく、

「シロウ、休息を取りたいのは判りますが、せっかく家に帰って来たのですから、そのような雑な休み方は感心しません」
「まったくだ。凛、君も一応は年頃の女子なのだから、そんな恰好で寝そべるのは止めてもらいたい」
「むー」
「えー」
「ちゃんと部屋に戻って休養を取って下さい。外敵の襲来があったならば、私たちが対応しますから」

 そんな二人の叱りに対し、マスター二人は不服そうな表情を浮かべるも、反論するだけの気力もないらしく、「へいー」とか気の抜けた返事をしながら、それぞれの部屋へと帰っていく。
 そして、後には二人のサーヴァントのみが残される。

「さて、と」
「? どうしたのですか、アーチャー」

 二人が去ったのを見送った後、アーチャーは音もなく歩き、妙に勝手知ったるという感じで居間から台所へと向かう。セイバーはそれを不審な目で眺めつつ、

「何をするつもりなのですか? いくら貴方とはいえ、この家で勝手な真似をすることは許しません」

 そう警告を発する。マスターたる士郎が休息を取っている以上、この家の警備もまた自分の仕事であると、セイバーは思っていた。
 そんなセイバーに対し、アーチャーは首だけ振り向かせ、軽く笑いながら、

「なに。軽く食べるものでもこさえておこうと思ってな。なにしろあれだけの戦闘だ。今はあの二人も疲れが勝っているが、しばらく経てば腹を空かせてしまうだろう。我々とて、食事をとれば僅かでも回復できるしな」

 それを聞き、セイバーはふむ、と納得する。確かに運動したならば適切な栄養を摂取する必要がある。それになによりごはんは美味しい。「我々も」と言ったからにはアーチャーは自分の分も作ってくれるつもりなのだろう。それは嬉しい。士郎や桜の作ってくれる料理には文句は無いけれど、他の人が作る料理にも多少興味がある。アーチャーはどんな料理を作るのだろう。楽しみだ。ああ、楽しみだ。
 ……っと、ではなくて。

「……待ちなさい、アーチャー」
「なんだ、そんな怖い顔をして? さっきまでは何やら幸せそうな顔をしつつにやけていたというのに」
「っ! そんな顔はしていませんっ!」
「そうか? まるで、目の前に美味しそうな食べ物を置かれた食いしん坊のような顔を、」
「そんな顔はしていませんっっっ!」
「……そうか」

 セイバーの勢いに気圧されたのか、ちょっと体を引くアーチャー。それを見てセイバーはこほん、とせき払いを一つしつつ、

「料理をするのは構いませんが、私も傍で見させてもらいます。マスターに毒をもられでもしたらかないませんから」
「ああ、そんな手もあったか。なるほど、勉強になった」
「そんなことを勉強してもらっては困ります」
「まあ安心してくれ。凛と衛宮士郎の分は一緒に作るし、器は君が用意してくれたらいい。そうすれば、衛宮士郎にのみ毒を盛ることは不可能だろう?」
「……まあ、そうですね。では、早くはじめるとしましょう」

 と、セイバーはアーチャーを追い越し、先導するようにして台所へ行く。彼女は何も言ってはいないが、その目が「ハリーハリー」と急かしている。アーチャーはやれやれ、と肩をすくめつつ、共に台所へと入る。

「それで、アーチャー。何を作るのですか?」
「そうだな。米は……出かける前に炊いたものがあるか。野菜は十分な買い置きがあるようだな。さて、他には――」

 と、アーチャーは妙に慣れた様子で食材を確認し、どうやら作るものを決めたらしく手際よく取り出していった。
 セイバーと言えば、そんなアーチャーを意外そうな顔で見ながら、

「貴方、妙に手馴れているのですね」
「ん? そうか?」
「ええ。まるでここが自分の家であるかのようです」
「ふむ。まあ私は弓兵だからな。観察眼には多少秀でている。室内での暗殺を生業とするアサシンほどではないが、建物の大体の特性ぐらいなら、ぱっと見で把握できるのさ」
「そうなのですか? ……まさか、知らぬ間にこの家の物色などはしていないでしょうね?」
「そんなことはしていないさ。それに……私がこの家で欲しいものと言ったら、お前のマスターの生命くらいだからな。それ以外の金品などに興味はない。まあ、今は私のマスターに免じて、預けておいてやるが」
「……やはり貴方は危険なようですね。やはり、早めのこの手で、」

 と、言いかけるセイバーであったが、しかしすでに食材の調理を始めていたアーチャーの手際を見て、その先にあるであろう料理の完成形を想像し、
 おなかが、

「ん? どうした? 急に腹などおさえて」
「……なんでもありません。今は、私たちが争うよりもマスターの回復に努めるべきだと思っただけです。ですからさあ早く調理しなさいアーチャー」
「ふむ。まるで腹の虫が鳴くのを我慢したかのように見えたのだが、私の気のせいだったようだな」

 そう言いながらアーチャーはニヤリと笑う。セイバーはぐ、と痛いところを突かれたような顔をする。

「そ、そんなことはどうでもいいですから、作るのなら早く作ってくださいっ」
「ああ、了解だ」

 そう言って、アーチャーは調理を続け、セイバーもそれを手伝う。

「それで、何を作るのですか?」
「鳥肉があったから、それと米で雑炊でも作ろうかと思う。セイバーちょっとこれを切っておいてくれ」
「判りました……それにしても、」

 と、セイバーはアーチャーのいでたちを見て、

「……そのエプロンは、どうにかならないのですか?」
「ん? 料理中にエプロンをつけるのが、なにか不自然か?」

 そう、アーチャーは、台所にあった、たしか士郎のものであるエプロンを身に付けていた。
 その他はこの時代の装飾としてはいささか奇抜な格好であるため、それは妙に浮いて見える。

「料理中につけることが、不自然なのではなく、あなたがつけていることが不自然なのです」
「そうか? 昔は、よく厨房にたったものなのだがな――いや、懐かしい、話だ」
「そうなのですか。っと、あなたのそんな過去になど興味はありません。早く作ってしまいましょう」
「ああ、そうだな。今の君を焦らすことは、無防備でバーサーカーに立ち向かうよりも危険そうだ」
「……不穏当な発言は、慎んでください」

 セイバーはちょっとむくれた。
 アーチャーはそれに構わず、淡々と調理を続ける。
 台所に、いい匂いが漂っていた。

 そしてしばしの時間が流れ、弱火でコトコトと煮られる鍋を、けしてアーチャーに気取られぬように、しかし端から見ればバレバレなまでに見つめ続けていたセイバーは、アーチャーの「ふむ、そろそろいいか」という言葉にバネ人形のように反応し、

「そうですか。では早速試食するとしましょう」
「毒見というわけか。周到なことだな」
「そんなことはいいですから、さあ早く」

 見ればセイバーはかなりおなかを空かせている模様である。

「まあ待て。最初の味見は私がする」
「そんな――」
「当然だ。万に一つもありえないが、もし失敗していたならば、英霊としての誇りにかけて、そんな料理を他人に食わせるわけにはいかん」

 おそらくそんなことに英霊としての誇りをかけたのはこの男ぐらいだろうな、とセイバーは思いつつも、

「……判りました。ならば、早く、さあ」
「まあそう急かすな。ふむ、ちょっと熱いかな?」

 そう言いつつ、なんとなく必要以上に冷ますアーチャー。

「わざとですか? わざとなのですかーっ!?」
「……いや待て。判った、私が悪かった。だから剣をしまってくれ――うむ、味に問題はないな」
「そうですか。では私も食べましょう」
「いや、折角だから居間に運んで食べるとしよう。セイバー、器を頼む」
「あ――わ、判りました。では早く。さあ」

 どうやら空腹がピークに達しているらしいセイバーは、戦闘中もかくや、という速度にて準備を行う。アーチャーはその後をゆっくりと――いくとさすがに怒られそうだと判断したのか、普通に歩き居間のちゃぶ台へと置く。

「さてそれでは、いただきます」
「ああ。熱いから、気をつけてくれ」
「はい」

 そうしてセイバーは椀とスプーンを手に取り、雑炊を口に運ぶ。
 そして、愕然とする。
 ――こ、これは……。
 料理自体はシンプルであり、手を加えるところは少ない。しかしそれだけに、極めて微妙な匙加減で味わいは決定される。士郎の作った同系統の料理を食べたこともあるセイバーであるが、その二つを比べると、明らかに、アーチャーの作ったものの方が――

「どうだ? うまいか?」
「えっ?」

 と、唐突に訊ねられセイバーは一瞬戸惑う。しかし、そこはさすがに百戦練磨の剣の兵士。そのようなそぶりはまったく見せずに、

「ええ。まあまあですね」
「そうか」

 アーチャーはそう言い、セイバーは食事を続ける。
 しばらくそうしていたセイバーであるが、しかし、ふとアーチャーが食事をしている自分を見つめていることに気付き、

「……なにか用ですか?」
「ん? いや、なんでもない……ああ、そうだ、その料理、衛宮士郎と比べるとどちらが旨い?」
「え? ――そ、それは……シロウの方です」

 内心は逆なのだが、しかしマスターを立てるセイバー。
 そんなセイバーに対し、アーチャーは悔しがる、とも違う、何か納得の行かないような顔をして、

「そうか……私の腕も落ちた、ということかな」
「え? いや、まあ、あなたの料理の腕もそれなりだとは思いますが。いや、むしろ美味しい部類に入るでしょうし、気落ちすることは無いと思います」
「そうか。ありがとう。世辞でもそう言ってもらえると嬉しいな」

 そう言って、アーチャーは、笑った。
 その笑みは、いつものような、どこか皮肉の混じったものではなく、まるで無邪気な少年のようなものだったから。
 セイバーは、それを見て。ほんの少しだけ、頬が紅潮するのを感じ――

「む、なんかいい匂いするかと思ったら、何作ってるんだ?」
「わ、二人していーもの食べてるじゃない。私にも頂戴……てかセイバー分けてっ」
「凛!? そんな、私のものを取らなくても、そこの鍋から取ればいいでしょうっ!」

 ――るヒマもなく、乱入者二人が現れた。
 どうやら、寝ていたところを匂いにつられて出てきたらしい。

「セイバーの言う通りだぞ遠坂。食事中はもっと大人しくしろ」
「ってアンタ、ナニ何事も無かったかのように食べてんのよ。私も食べるわよおなか空いてるんだからっ」
「……む、この、シンプルながらも深い味わい……一見単純な料理に見えるが、これはすでに匠のワザだ。セイバー、お前こんなに料理うまかったのか?」
「いえ、これは、ほとんどアーチャーが作ったのですけれど」
「なに!? ク……悔しいが、今の俺にはこれだけの味は出せない……くそ、こんなことでも俺はヤツに勝てないのか……それはそれとしてお代わり」
「ちょっと待ちなさいよ、これはアーチャーが作ったんでしょ? 私のサーヴァントであるアーチャーが作ったのなら、つまりそれは私が作ったのと同じコト。だから私が一番多く食べる権利があるわ!」
「んなっ――そんなこと言ったら食材は俺んちのだろうが!」
「生みの親より育ての親っ!」
「ワケわかんねえよ! お前をそんな屁理屈をこねる子に育てた覚えはねえっ」
「二人ともっ、食事中はもっと静かにするべきですっ! ともあれ私もお代わりを頂きます」
「ぬ、セイバー、どさくさに紛れてっ」
「さすが最強のサーヴァント。その漁夫の利力、欲しかったわっ」

 てんやわんやのどたばたどた。
 食を巡ることで人はかくも醜くなれるのか。そんなことを思わせるいさかいであった。
 で。
 騒ぎに参加していない唯一の人物であるアーチャーはと言えば、ちゃっかりと自分の分の雑炊を確保しつつ、少し離れた場所でそれを食べながら、騒ぎを見物していた。
 そして、誰にも聞かれぬようにぽつりと呟く。

「まったく。我らは、戦をしている最中だというのにな」

 ふ、と微笑んで。

「本当に――さわがしい、連中だ」

 そう呟いて、アーチャーは、三人の喧騒を眺めていた。
 ――かつて喪くしたものを、慈しむかのような目で、静かに眺めていた。

『Moment's Peace,End』