「……ちっ」
これを気に禁煙でもするかなあ。
まあ、無理だろうが。
どんなに落ち込んでいたとしても、染み付いた習慣はなかなか消せやしないものだ。
*
その日は、特に空が青かった。
いつもどおりの場所で、いつもどおりにおれはぼーとしていた。
そこに彼女がいた。
彼女は。
屋上の金網を握り締めて、そこからうつむいて下を見ていた。
それは、なんとなく、そのまま落ちちまうんじゃないかと思わせるような、危なげな光景だった。
しばらく彼女を見ていたあと、おれは彼女に声をかけた。
「よお」
彼女は、少し驚いたような顔でこっちを振り向く。
おれは言葉を続ける。
「そこから、何か見えるか?」
我ながら、間抜けな問いだったと思う。
しかし彼女は、思いつめたような顔をしてこう言った。
「何も見えません」
それが、彼女との出会いだった。
出会い、つってもその後何か劇的な事があったって訳じゃない。
ただ、同じように、おれは小屋のうえで、彼女は柵の側で、同じようにぼーとしていたってだけだ。
言葉を交わす事も少ない。
以前のおれならば、まず間違いなく口説くなり何なりしていただろうが、さすがに今はそんな気にはなれない。
ただ、時間だけが過ぎ、昼休みの終りとともに教室に戻る。
そんなことを続けていたある日の事。
「あなたは……」
非常階段を降りようとするとき、彼女はそんな事を聞いてきた。
おれ達は、まだお互いの名前も知らなかった。
「だれか、大切な人を失ってしまったのですか?」
心の中を見透かされたような気がした。
おれの今の心の虚ろは、すべてそこにあるからだ。
「…なんでそう思う?」
「私と」
彼女は一息つき、
「私と、同じ顔をしていますから」
そうか。
「……まあな」
そういうことか。
「おれの、大切な人、は」
たぶん、そうだっただろう人は。
「宇宙人に連れられてどっかに行っちまったんだ」
出来うる限りおどけた感じで言ったと思う。
それでも声は震えていたかもしれない。
そんな、おれの冗談としかとれないような告白に対して、彼女は怒るかあきれるかするものかと思っていたが、違った。
「そうですか」
そのかわり、寂しそうな声で。
「私の好きな人は、死神に連れて行かれちゃったんです」
そういった。
つまりそういうこと。
おれたちは、似た者同士だったって事だ。
*
死にたいぐらいに落ち込んでいても、すべてを終わらせたい程に沈んでいても、それでもやっぱり腹は減る。
まあ、そーゆーこと、なんだろう。
*
おれと彼女の距離は、少しずつ縮まっていた。いや、物理的な距離の問題で。
だから何するって訳でもなかったが。
一度、彼女の弁当を分けてもらった事もある。
多分、腹を空かせたおれが物欲しそうに見ていたからだと思うが。
まあ、そんな感じで、やはり何も起きはしなかった。
取り残された気分。
だからと言って、こんなところでだらだらとしていたらどこにも行けやしないのはわかる。
でも、今は時間が欲しい。
ある時、静かに、屋上の柵を握り締めたまま。
「空、青いですね」
彼女は、上を見上げながらそんな事を言った。
「ああ」
俺もまた、空を見上げて。
「俺らの青春なんかより、ずっと青い」
それでも、どこかに行かなきゃならないとは思う。