僕、竹田啓司は、久しぶりに、彼女である宮下藤花を待っていた。
 僕は、高校を卒業して父親の知り合いがやっているデザイン事務所に勤め始め、藤花は藤花で高校3年生、つまりは受験生となり、お互いに忙しくなってろくに会えない状態が続いていたのだが、彼女が無事”浪人”する事に成功し?半ばやけくそになった彼女からの誘いを受けたのだった。
 なんとなく、彼女との待ち合わせでは僕は待ってばかりいるような気がするな。
 そんな事を考えながら、彼女を待つ。もう約束の時間は過ぎている。
 何かあったんだろうか?
 僕がちょっと不安になって辺りを見回すと、1人の人物が目に止まった。
 藤花だ。時間に遅れてきたというのに、何故か妙に落ち着いている。
 僕は彼女に駆け寄り、

「遅いぞ。何してたんだ?」

 と聞いてみた。別に、怒っている訳じゃないが、一応言っておいた方がいいだろう。
 ところが、藤花は、予想された言い訳を言う代わりに、

「やあ。遅れてすまない、竹田君」

 と言った。
 すぐにわかった。こいつは、藤花じゃない。

「ブギーポップ・・・か?」
「うん」
「何でお前が・・・まさか、また世界の危機ってやつか?」

 こいつ、ブギーポップは、世界の危機とやらに反応して、それを解決するために出てくるらしい。
 真偽のほどは確かじゃないが、なんとなくただの妄想とも思えないところもある。
 それはいいんだが、なにも僕と藤花が久しぶりに会えた日に起こらなくったっていいだろう。

「いや、そうじゃないんだ。今回は別に世界に危機は迫っていない」
「じゃ、なんで出てきたんだ?」
「さっき、宮下藤花が暴漢に絡まれてね」
「暴漢!?」
「うん。近道のつもりで、裏道に入ってしまったんだろうね。この町も、結構物騒なところあるから」
「なんだってそんなこと」
「そういうなよ、竹田君。彼女は、君との待ち合わせに遅れそうになってしまって、必死だったんだよ」

 ・・・それはちょっと嬉しいが。

「まあ、そんな訳で、彼女に危機が迫った訳だ。彼女に何かあると、僕の行動にも支障をきたす。だから、僕が出てきたんだと思う」
「で、その暴漢とかはどうしたんだ?」
「うん。ちょっと牽制して、すぐ逃げたよ。今追ってこないところを見ると、うまく逃げられたらしい」
「そうか。まあ、無事で何よりだ」

 それはいいんだが……

「でも、何で藤花に戻らないんだ?」
「僕も、すぐ戻ると思ったんだけど……戻れないんだ」
「は?」

 たしか、こいつは自動的に出てきて、自動的に消える。そういう言っていた。
 ということは、自分の意志では出てこれないし、戻れないって事だろうか?

「どうすんだ? まさか、ずっとこのままって訳じゃ・・・」
「そうはならないと思う。これは多分、誰かの意志が介入している。その誰かを何とかすれば、元に戻れると思う」
「何だってそう思うんだ?」
「これさ」

 というと、ブギーポップは、自分の?つまり藤花のだ?ポケットの中から封筒を出した。
 彼は、その中から紙切れを一枚と、何かのチケットを2枚取り出し、僕に見せた。

「こんなものが、送られてきたからね」

 その紙には、こう書かれていた。
”遊園地へ行け"
 

 なんだって遊園地なんだろう?
 同封されていたチケットから、目的の遊園地は少し離れたところにある物である事が分かった。
 割と大き目で、デート・スポットとしてはメジャーな所である。
 僕たちは今、遊園地へと向かう電車に乗っている。
 僕と、藤花の格好のままのブギーポップが。
 電車はがたん、ごとんと規則正しくゆれている。
 僕は、ちらりと隣に座っているブギーポップを見る。
 彼は、相変わらず何考えてんだか分からない表情をしていた。
 少し、困った。
 彼と会うのも久しぶりであるし、何か話したいとは思うのだが、彼の今の格好は藤花のままなので、いまいちどう接したら良いのかわからない。ここで軽い話をして、もし間違えて、彼の事を藤花、とでも呼んでしまったら・・・
 まあ、彼はあまり気にしないかもしれないが。
 それにしても、なんだってこの電車はこんなに空いているんだろう。
 僕がそんな事を考えていると、

「竹田君、着いたようだ。降りよう」

 とか言って、すたすたと降りていってしまった。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 僕は、慌ててその後を追った。

 遊園地自体は、かなりの人込みだった。
 電車が空いていたから、遊園地も空いているかと思ったけど、時間帯によるものだったんだろうか?
 僕とブギーポップは受付にチケットを渡した。
 チケットは、すべての乗り物に乗り放題の、一日フリーパスの物だった。

「なかなか、太っ腹な奴だな」

 僕が軽口を叩くと、

「うん。そうだね。ところで、多分この当たりに次の指令があると思うんだけど、それらしい物はないかい?」

 そうだ。紙切れには、”遊園地へ行け”としか書かれていなかった。
 まさか、遊園地へ行くかせるだけが目的でもあるまいし、とすれば次にどうするか指示があるだろう。
 僕は、そこら辺の植え込みの中とか、柱の影とかをきょろきょろと見てみた。

「なんか、スパイ映画みたいだな」
「そう言われれば、そうかもね。と、竹田君、それじゃないかな?」

 言われて見てみると、はたしてそこには折り込まれた紙切れがあった。

「あれ? そこは見たと思ったんだけど」
「見落としてたんじゃないのかい? 中を見てみようぜ」

 なんとなく、ふに落ちない物があったが、ともあれ紙切れを開いてみた。
 そこに書いてあったは。
 ”ジェットコースターに乗れ"
 

 がたん、ごとん。

「しかし、なんだねえ」

 となりで、ブギーポップが何やら呟いている。

「どこのどいつだか知らないが、僕らにウィークラリーやらせてどうしようというんだろうね?」

 が、がが、が。心臓に悪い。

「どう思う?ん、竹田くん。どうかしたのかい?」
「い、いや、なんでもないけど・・・」

 この、ジェットコースターの登り、という奴は、なんでこうも長く感じられるんだろう?
 僕がひきつった顔をしているのを見て、ブギーポップは、

「竹田くん? ジェットコースターは苦手なのかい?」
 う。
「あまり得意じゃないな……」
「そうならそうと言ってくれれば。これには僕1人で乗ったのに」

 そうもいかない。
 仮にも好きな子の顔をしているやつに、「ジェットコースターは恐いから乗りたくない」などとは言えない。

「お、お前は大丈夫なのか?」
「うん。ビルの屋上からロープ無しで飛び降りたこともあるし」

 じゃあなんで今生きてんだよ、と言いたくなったが、こいつならなんとなく生きてそうな気もする。
 と、言っているうちに、ジェットコースターはやや緩やかな動きをし・・・
 落ちた。

「竹田くん、立てるかい?」

 もちろん、と言いたかったが、どうにも三半規管が上手く働かない。ふらふらする。
 ブギーポップに腕を引かれて立ち上がる僕は、はたから見たら彼女に助けられている情けない男でしかなく、たいへん恥ずかしい。

「肩を貸そうか?」

 ブギーポップが顔を近づけてそんな事を聞いてくる。
 思わず赤面してしまった僕は、「大丈夫大丈夫」と空元気を張り、わざと急いで出口のゲートへと向かった。
 途中で柵に手をかけたりしつつも、なんとか外に出ることができた。
 ……ここのジェットコースターはなかなかの迫力だな。メモしておこう。
 と、少し後ろにいるブギーポップが僕を呼んだ。

「竹田くん、ちょっと待ってくれ」

 僕が振り向くと、ブギーポップは、柵に引っかけられている紙切れを指差していた。

「第3の指令、と言う訳だ」

「やれやれだな」
「迷惑かけてすまないね、竹田くん。僕が宮下藤花だったら、君も楽しかっただろうに」
「ま、いいって事よ」

 僕とブギーポップは今、遊園地を見渡せるとか言う大観覧車に乗っていた。
「お化け屋敷にバイキングにコーヒーカップにエトセトラ・・・この遊園地の乗り物、ほとんど乗っちまったんじゃないのか?」
「かもね。もうすっかり夕方だよ」

 あれから僕たちは、指令の通りに乗り物に乗って回った。

「なんつーか、俺ばっか騒いでた気もするなあ」

 この年になってお化け屋敷もないだろう、と思っていたが、今のお化け屋敷は結構出来が良い。かなり恐かった。

「お前なんか、どんな乗り物に乗っても平然としているってのになあ」
「遊園地を造った人からすれば、君のようなお客の方がありがたいはずさ。見事に意図にはまってくれている訳だからね」

 それはそうなんだが、どうも情けないような気がする。

「結局、”指令”を見つけたの、全部お前だからな。なんつーか俺注意力ないのかなあ?」
「そんなことはないさ。まあ、ジュースでも飲むかい?」

 ブギーポップは、どこからか缶ジュースを出してきて言った。

「あ、さんきゅ」

 僕はそう言ってジュースを受け取り、プルタブを外して飲みはじめた。
 ブギーポップは、何やら窓から外を見ている。

「何か見えるのか?」
「……」

 ブギーポップは押し黙っている。間が辛いので、僕はジュースをごくごくと飲む。
 一秒、二秒。
 だんだんと時間が流れ、観覧車は頂点近くに来ていた。
 と、突然ブギーポップが口を開いた。

「こういう単調な乗り物は、眠くなってしまうと思わないかい?」
「え? まあな」
「うん。ところで竹田くん。ズボンの左ポケットの中を見てくれないか?」

 ?よくわからないが、ポケットの中に手を突っ込んでみた。
 がさごそと、紙の感触がある。

「あれ、何か入ってる。レシートでも入れたっけな?」

 そこに入っていたのは、一枚の、折り込まれた紙切れ。
「……これ、って……」

 僕は恐る恐る、紙を開いてみる。
”北側のレストラン。そこが最後だ"
 ……"指令"だ。

「まあ、そういう事だよ」

 ブギーポップが何か言っている。

「今までの"指令"を君が見つけるはずはないんだ。なんたって、君が置いていたんだからね」
 

 僕が?
 冗談にしてはたちが悪い。

「なんだって? じゃ、この騒ぎの原因は僕だとでもいうのか?」

 ブギーポップは僕を疑っているのか?

「そういう訳じゃない。誰も、君を犯人だと入っていないよ」
「じゃ、なんだってんだよ?」

 ブギーポップは、じっと僕の顔を見詰めている。

「君はとりつかれている」
「え?」

 と、ブギーポップが僕の顔の前で、ぱちん、と指をはじいた。
 途端に、眠気が襲ってくる。
「な……なんだ……」
「ちょっとした睡眠誘発剤。まあ、ごく微量だけど、君は疲れているし、こういう乗り物は眠気を呼ぶからね。簡単な暗示をかけただけだけど、少しの間は眠れると思う」

 徐々に意識が薄くなっていく。一体、ブギーポップは何をしようとしているんだ?

「いいかい、これから君にとりついている奴に会いに行く。その際、君の意識があると、何か君に悪影響があるかもしれない。だから、ちょっとの間眠ってもらおうと思う」
「お、い。ブギーポップ」
「大丈夫。君が目覚めたときには、全て終わっているさ」

 そうじゃない。
 そういう問題じゃない。
 僕にとりついた奴だかなんだか知らないが、ブギーポップは一人でそいつに会おうとしているのか?
 危険な奴だったらどうする気なんだ。
 僕の問いに答えるように、ブギーポップが言う。

「大丈夫。僕は、そういうのを相手にするのが仕事だから」

 そして、ぼやける視界の中で、ブギーポップの、藤花の顔が僕に近づいてきて・・・

「ふむ。君が一連の事件の首謀者か」

 暗闇。
 そこに普段どおり黒尽くめのブギーポップ。そして、一面しかない鉄格子を境にして男が一人座り込んでいる。

「やあ、はじめまして。ブギーポップさん」

 男は、顔をうつむけたままで言う。

「もっと、早く気付くかと思ったけど、意外と時間がかかりましたね。そうです。今回のいたずらは、僕の仕業です」

  男が顔を上げる。それは、竹田啓司の顔をしていた。

「君は、いつから出てきたのかな?」
「まだ、ですよ」

 男は無表情、

「僕はまだ生まれていないんです。母体のほうも、僕の存在には気付いていないでしょう。だから、名前はまだありません」
「そうなのか。にしては、随分大掛かりなことができるようだけど」

 男は首を振り、
「かなり無理をしました。最初はあなた……宮下藤花さんの母親。次に藤花さんを襲わせた男達、そして竹田啓司さん。こんなに多くの人たちを渡り歩いたことは今まで無かった。いかに、彼らの行動に多少干渉する程度にとどめたと言っても、多分、僕はもうすぐ眠らなきゃならなくなると思います」
「そうか、だが、君が世界にとっての敵だとしたら、今のうちに消すことになる」
「それは良いかもしれませんね。いまはともかく、本格的に目覚めたとき、僕は世界の敵になってしまうかもしれない。そうしたら、母体もただでは済まないでしょう。今消してもらえたのなら、母体の方は平凡に生きられるでしょうし」

 ブギーポップは、あくまで冷静な表情を崩さない。

「で、だ。君は一体、何をしたかったんだ?」

 男は、ブギーポップを見据え、

「あなたを見ていたかったんです。ブギーポップさん」
「なんだって?」
「あなたは、なにか、こう、特殊だ。まあ、僕だって変ていえば変なんですが。あなたは、自動的である僕たちと同じでありながら、普通の人間と同じような心を持っているような気がする」
「気のせいだろう?」
「かもしれません。しかし、なぜ終り際まで僕の遊びに付き合ってくれたんですか?あなたなら、僕が竹田啓司の中に居ることは簡単に気付けたはずだ。なのに、あなたは気付かなかった」
「……」
「あなたは、気付かない振りをしていたんじゃないですか?竹田啓司と、一緒にいるために」
「……」
「僕には、そういう感情が無い。あくまで、自動的にしか動けない僕には、他者との接触は、結局情報の一部でしかない。あなたは、他人と接することができる。あなたは・・・人と同じように」

 男は一息いれた。

「後ろを見て下さい。ブギーポップさん」

 ブギーポップは振り向く。
 そこには、男の前にあるのと同じような鉄格子、そして、宮下藤花が眠っていた。

「その子を、鉄格子のこちら側へ連れてきて、あなたは鉄格子の向こうへいく。それだけです。そうすれば、あなたは、宮下藤花になれます。いつでも竹田啓司と一緒に居る、あの女になれるのです。大丈夫。宮下藤花の記憶は全てあなたに移りますから、ばれる心配はありません」

 ブギーポップは、男に向き直り、顔を伏せる。

「さあ、どうするのです?」

 ブギーポップは、答えた。

「決まっている」

「お客さん、おきてくださーい」

 僕、竹田啓司は、そんな声で目を覚ました。
 どうにも頭が痛い。周りが良く見えないが、横になっているようだ。

「しゅーてんですよー」

 へ?
 僕は、目を開けて周りを見る。流れていく景色。電車?

「あ、目覚ましましたね。竹田先輩」

 一辺に目を覚ます。僕に声をかけていたのは、藤花だ。

「え、あ、おはよう」

 なんだかとんちんかんな答えをする僕は、今、自分が電車の中で藤花に膝枕をされている、という状況に気付き、慌てて飛び起きた。

「あはは、目、きっちりさめたみたいですね。もーすぐ降りる駅だから、荷物持っておきましょ」
「うん・・・ここは、電車・・・そうだ、あいつは!?」

 ブギーポップはどうなったんだ?

「あいつ? 誰ですか?」

 目の前には藤花。いわずもがなだ。藤花が居るということは、ブギーポップが居ない、ということだ。

「いや……なんでもない?」
「先輩、ねぼけてるんですか?あ、夢の中に誰か出てきたんですか? 誰ですか? 浮気相手だったら許しませんよ!」
「んなんじゃないって」

 ……そうか。
 なんだか解らないけど。事件は解決したらしい。
 ブギーポップは、ひとりでも何とかしちゃったんだろう。まあ、僕なんて居てもいなくても同じだろうし。
 ……なんだか、ちょっと悔しいけど。

「それにしても、遊園地楽しかったですねえ」
「ああ、うん」

 僕は藤花を見る。
 見られているのに気付いて、藤花はにへらと笑う。
 一瞬、最初から藤花にからかわれていたんじゃないかと思ったが、やっぱり、そういう小細工ができそうには見えない。
 ブギーポップは、自分が出ている間のことを、藤花は、都合の言いように変更して記憶する、と聞いたことがある。
 今回は、僕と一緒に遊園地に言ったのは、ブギーポップではなく藤花だった、ということなっているようだ。

「にしても、あのジェットコースターすごかったですねえ。先輩なんて、ふらふらで立っていられなかったんですもん」
「あー。お前は平気だったな」
「全然。へっちゃらですって」

 そんな風に話をしていた。
 でも、僕の心の中には、なにか引っかかる物があった。

「じゃ、先輩、ここで良いです。送ってもらって、ありがとうございました」
「あ、ああうん」

 ……何か引っかかる。
 あの後、いろんな話をした。お化け屋敷、バイキング、コーヒーカップエトセトラ。藤花は、そのことを逐一覚えているようだった。
 自分の立場とブギーポップの立場を入れ替えて。
 覚えが、良すぎるんじゃないのか?
 ふと、ブギーポップのことばを思い出した。

”戻れないんだ”
”僕が宮下藤花だったら、君も楽しかっただろうに”

 もしかしたら。
 ここにいるのは、藤花じゃなくて、もしかして……
「ん? どーかしたんですか先輩?」
「いや、なんでもない……」

 藤花はいぶかしげな顔をしながら、僕に背中を向け、歩いていく。
 僕は呆然としながら?左手に何かを握っていることに気付いた。

(? なんだろ)

 僕は、左手を開いてみる。そこにあるのは、一片の紙切れだった。

『やあ、竹田くん。事件は解決した。僕らは元に戻ることができそうだ』

 とだけ書いてあった。ふと、藤花がくるりとこちらに振り向き、

「竹田くん。僕が、宮下藤花に取って代わるとでも思ったかい?心外だな。宿主に取って代わるなんて、僕はそんなに恩知らずじゃないぜ」

 藤花の声で、でも藤花じゃない声。

「と言っても、君と一緒に居られる、宮下藤花の立場にあこがれたのも確かだ。でもそんな事をしたら……」

 藤花は、ブギーポップは一息つき、

「君は、僕を嫌いになるだろう?」

「それが答えですか」
「うん。それに、子の体は元々宮下藤花のものであって、僕のじゃない。今だって、随分危険な目に合わせているのに、これ以上迷惑をかけられないよ」

 遊園地のレストランで、竹田啓司と宮下藤花は、その姿をした二人は語り合っていた。

「……そうですね。あなたがそういう考え方をするからこそ、私はあなたに引かれたのでしょう」
「それはそれは、感激だね」
「まじめな話。私はあなたのことが好きですよ」
「ふうん」

 ブギーポップはため息を吐き、

「愛の告白、ありがとう。なんだ、君だって、割と普通の人間みたいな事言うじゃないか」
「それもそうですね。人の心はのぞけるのですが、自分の心はどうも分かりません」
「まあ、そんなもんだろう。こころなんて、さ」

 食事が終わる。2人は席を立つ。
 遊園地を出て、駅へと向かう。

「宮下さんの記憶の操作は僕も手伝いましょう」
「ああ、そうしてくれると助かるよ。君はその手のことが得意そうだからね」
「……あと、一つ教えてもらえませんか?」
「なんだい?」
「なぜ、竹田啓司さんにあんなことをしたんです? 別にあんなことをしなくても、僕には会えたと思うんですけど」
「あ。ああ、あれか。それは、まあ、なんていうか」

 男は珍しいものを目にした。ブギーポップが困っている。

「……ああ、いや、言わなくても良いです。まあ、あなたも普通の女の子だって事ですね」
「からかわないでくれ」
「はは、竹田啓司さんの記憶の方は残しておきますよ。あなたとの、記憶をね」
「……君ともう一度会ったときは、苦労させられそうな気がするよ」

 二人は電車へ乗り込む。

「ここまでで良いでしょう。それじゃあ、また」

 男は目をつぶり、やがて眠り込んだ。

「……もう、眠ってしまったのか。随分引き摺り回されたけど……」

 ブギーポップもまた、目をつぶり。

「楽しかったから、いいか」

 眠りについた。

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