赤ずきんは出かけました。
当然ながら道に迷いました。
「あうー(涙)ここはどこなんでしょう(涙)」
森の中は薄暗く、遠くで野犬の遠吠えのSEが入ったりして雰囲気はばっちりです。
赤ずきんは、びくびくしながら森の中を歩いていきます。
それを見つめる一つの目がありました。
「かったりーなぁ」
ありました。
「早く終わんねえかなぁ」
あったっつってんのよっ!
「おわっ、俺の出番か? わりわり。でっと。あ、いたいた。しょうがねえなマルチの奴、また道に迷ってんのか?」
それは狼さんでした。狼さんは、てくてくと赤ずきんに近づきました。
「よお。どうしたんだ?」
「あうー。あ、浩之さん…じゃなくて狼さん。実は、道に迷ってしまって」
「ほら、涙拭けって。で、どこに行くんだって?」
「はい、森の中のおばあさんの家へ」
「ほう。それは感心だな。なでてやろう」
「あ、ありがとうございますっ」
「まあ、それはそれとしておばあさんの家、分かるのか?」
「あう。そ、それがさっぱり…」
「ったく、しゃーねーなあ」
狼さんは、ぶつぶつ言いながら赤ずきんと一緒におばあさんの家を探しました。
30分ほど歩いたでしょうか。土地勘の優れた狼さんは、何とかおばあさんの家を見つけ出しました。
「あそこじゃねーの?」
「あ、はい、そのようです。どうも、ありがとうございました。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「ま、いいってことよ。それよりもさ、お前迷っているときに転んだろ? 顔が汚れてるから、洗ってから行った方がいいんじゃねーの?」
「そうですね。すみません、なにからなにまで」
そう言って赤ずきんは、井戸の水で顔を洗いに行きました。
それを横目に狼さんは、おばあさんの家の中に入っていきます。
(狼シンク)
1.赤ずきんから食べる。
屋外であるため人目につきやすい。
事後処理をしなければならず、その間に被害届が出てしまい、厄介。
→×
2.おばあさんから食べる。しかるのち、訪れた赤ずきんを食べる。
屋内であり、外部から犯行を見咎められる危険性は低い。
赤ずきんはほおっておいてもこの家に来るため、手間もかからない。
あとは、どこかに高飛びしてしまえば良い。
→○
(赤ずきんは、人間の言葉で言う所の"でざあと"だな)
狼はそんな事を考えていました。
一件親切そうに見えましたが、やはり肉食動物です。
赤ずきんが顔を洗っている間に、こっそり家に入りました。大丈夫。あの赤ずきんの鈍さから行って、顔を洗い終えるのにも時間がかかるでしょう。
狼の顔に、思わず笑みがこぼれます。
元が悪人顔だけに、小悪人っぽさが漂ってナイスです。
「だれが悪人面だ誰が」
テレビ版なら馬面だけどね。
「うるせーぞ志保。ちゃんとナレーターに徹しやがれ」
うるさいとは何ようるさいとはだいたいあんただってナレーションに突っ込むんじゃないわよせっかくこっちがちゃんと大人しくナレーションしてるってのに!
「むー……」
狼は釈然としないながらも大人しく小屋をノックしました。そーよ、最初っからそうしてればいいのよ。
「うっせえなあ……あ、すみませーん、よめうり新聞ですけどー」
「あ、はーい。何のご用ですか」
「……あかりがお婆さん役だったのか」
ちゃんと脚本読んどきなさいよ。
「まあいいや。いまなら3ヶ月契約で桐タンスがついてきますけどー」
「桐タンス……どうしようかな?」
お婆さんは悩んでいる様子です。
狼は、ニヤリと微笑み、
「今なら限定版クマチュウキーホルダーもついてきますけどー」
「あ、とりますとりますっ。開いてますから入ってきて下さいっ!」
ニヤリ。
狼は微笑みました。限定ものに弱い日本人のさがです。
押してみると、確かに扉は開いていました。
「あ、浩之ちゃん……じゃない、狼さんだ」
「おう。という訳で観念しろ」
「いきなり言われてもわかんないよ……どういう訳なの?」
「つまり、俺は狼で、腹が減っている。そしてお前は逃げることが出来ない」
「うん。そうだね」
「よって、お前は俺の餌になるのだ」
「うーん。餌にされちゃうのって、痛いのかな?」
「そりゃ痛いだろ。なにせバリバリかじられて、あげくには消化されちまうわけだからな」
「うー。それは、ちょっとやだよ」
「やだっつってもな。まあ、安心しろ。ちゃんと頭から丸呑みしてやるから、胃の中でしばらくは生きられるぞ」
「丸呑み、っていっても、私の体、浩……狼さんの体より大きいから無理だよ」
狼は口を広げ、口のサイズとお婆さんのサイズを比べて、
「……まあ、堅い事言うな。多分大丈夫だって」
「やっぱり無理だよ」
お婆さんはあくまで拒みます。そりゃそーよね。
「ええいうるさいっ! しかたねーだろそういうストーリーなんだからっ! うらむならアンデルセンをうらめっ!」
「赤ずきんはグリム童話じゃ……」
「ええい、問答無用っ!」
がばっ。
狼はお婆さんを力づくでねじ伏せましたってヒロ! あんたなにやってんのよ!
「ふっふっふ。これでもう抵抗できねえな」
狼はすっかりヤバイ人です。あかり、色々ピンチ?
しかし、あかりは。
喩えるならば「泊まってかないか?」と言われてその場は逃げるように帰ったけど家で色々準備をしてしばらくしてから戻ってきたような真剣な顔をして。
「わかったよ、浩之ちゃん」
「……? いや狼だが?」
「浩之ちゃん、お腹が減ってるんだよね。……だったら、いいよ」
「え?」
「私のこと、食べても」
「あかり……」
狭い一軒家の中で見詰め合う二人。赤ずきんてこんな話だったかしら?
ともかく、時計がコチコチと時間だけを刻み、
いつのまにかBGMは「えたーなる・らぶ」になっていました。
つまりこれってそういうことよね。
「……」
「…………」
見詰め合う二人。
窓の外には、既に月が浮かび、
部屋には、蝋燭の暖かい火が満ちて、
そして、1人の赤いずきんをかぶった、メイドロボが一部始終を覗いていて。
「……って、おわっ! マルチ、いつからそこにっ!」
「わっ! マルチちゃん」
マルチは、にこっと笑って、
「駄目ですよ二人とも。今の私は赤ずきんですよ」
「あ、ああ、そうだったな」
「う、うんそうだね」
赤ずきんの登場で一気に素に戻った二人。
ふと冷静になってみると、ほとんど抱き合うような格好です。何やってんだか。
「おわっ!」
狼は慌てて離れ、お婆さんも下を向きます。初々しいわねえ。
そんな二人の慌てぶりもどこ吹く風の赤ずきんは、
「あ、どうぞどうぞ続けて下さい」
「いや、続けろって言われても、なあ?」
「うん……」
二人はすっかり赤くなってしまっています。
あーもー。話が進まないじゃない。
「どうなされたのですか? 早くお婆さんと私を食べて下さらないと」
「ああそうか、マルチも食べなきゃなのか」
ぴく。
お婆さんのこめかみが、動いたような気がしました。
気のせいかもしれませんが。
「そうかあ、そうだよね。マルチちゃんも食べるんだよね。ふーん。うん。で、浩之ちゃん?」
「……はい?」
お婆さんは、普段と変わらぬ笑顔のまま、しかし、なんとなーくバックに燃えるものを感じます。
「ねえ……どっちから食べるのかな?」
にこにこ。
微笑んでいます。その目は「いいんだよ、どっちを選んでも。浩之ちゃんは好きな方を選べばいいんだから。私? 私はいいの。浩之ちゃんがどっちを選んでも」と言っていますが、その鼻は「でも、私の方を選んでくれると嬉しいな」と言っていて、しかしながらその口元は「さあ、どっちにするの(にっこり)」と言った感じで、なんとなく笑顔の裏には黒いものを感じます。
やるわねあかり。いつのまにそんな高度なワザを。
さて、狼の方はというと。
あ、気押されてやんの。
(……どうする?)
悩みました。おばあさんからのあまりに強いプレッシャーにより、脂汗がだらだら流れています。思考がまともにできません。
そんな、狼にとってとんでもなく長い時間が過ぎていく、その時。
扉が、とんとん、と叩かれました。
お婆さんも赤ずきんも狼もそっちを見ます。
「誰でしょうか?」
「誰かな?」
「……そうか! ハンター役の奴が、いくらまっても出番がこないから、痺れを切らして出てきたんだ!」
狼は助かった、と言った顔をしています。お婆さんは一瞬ちぃっ、と言った顔をしたような気もしましたが、すぐ戻りました。赤ずきんはにこにこしています。
そして、ゆっくりと扉が開き、
「Hello! あんまり待たせるモンだから、思わず出てきちゃいまシタ! まだダメでしたか?」
「おお、ハンターレミィか! いや、待ち望んでいた所だよ……って、その手に持つ武器はっ!」
ハンターは、馬鹿でかい武器をかかげています。
「これデスか? 謎の女性に貰ったのデス!」
「あれは、なんなんですか浩之さん?」
「えっと、何かな?」
「……ロケットランチャーじゃねーか」
そう! 番長をも一発でしとめる超強力武器です。
ハンターは、ゆっくりとその照準を狼に向けて、
「と、いうコトで、さあ……GameOver、デス……」
「ちょっと待て! そんなもんで撃ったらさすがに死ぬぞ!」
「大丈夫Death!(死)」
「駄目じゃあっ!」
ばっしゅぅぅぅん!
無慈悲にも打ち出されたハンターの一撃。
狼は、必死でそれを回避しました。弾は壁をぶっ壊して破片をばらまきます。幸いにも皆無傷でした。
奇跡ってあるのね。
「あ、ああああああ危ねーじゃねーか!」
「ちぃっ、外しまシタか」
「って、聞いてねえし」
狼はハンターを観察しました。ヤバイです。ヤツはすっかりやる気です。やらなければやられる、そんな一触即発の空気が流れました。
「浩之ちゃん?」
(さあ、どうする? 相手はマジだ。確かにロケットランチャーの威力は絶大。当ったら一発でお陀仏だ……しかし、あの武器には構えるのに時間がかかると言う欠点がある、そこを突けばあるいは)
「ねえ浩之ちゃん」
「うっせーぞあかり。俺は今、あのロケットランチャー持ちパツキン追跡者をいかにして倒すかと言う……」
「でもさ」
「あんだよ?」
「今の一撃で、おうち、壊れかけてる」
一同、部屋を見回しました。
壁がミシミシいって天井がグラグラいって床がガタピシいっています。
まあ、今にも崩れそうって感じね。
「や、やべえ! 逃げるぞ!」
「う、うん」
「はいっ」
狼&お婆さん&ずきんの三人は家から脱出しようとします。
しかし、その前にハンターが立ちふさがりました。
「フッフッフ……ここは通しマセン」
「な、何のつもりだてめえ?」
ハンターは、ニヤリと笑い、
「ワタシはハンターデス。ハンティングを途中で止めるワケにはいきマセン」
「んな事言っている場合じゃねーだろ! みんなでぺちゃんこになりてえのか?」
「例え死んだとシテも、デス」
「……どうやら本気みたいだな」
狼はぎりり、と歯を食いしばります。ハンターは扉を背にしており、くぐりぬけられそうにもありません。
(だったら……)
狼は、お婆さんと赤ずきんをちらりと見て。
「この二人は関係無いだろ? 釣り人だってキャッチ&リリースなわけだし、逃がしてくれてもいいんじゃねーか?」
「浩之、ちゃん?」
「浩之さん……」
狼は男らしくそう言いました。……なんだかちょっとかっこいいかもね。
ハンターは、少し考え、
「OK。ワタシもコモノには興味ないデス」
「こ、小者?」
「はあ、私たちちっちゃいですからねえ」
なんとなく釈然としない二人。
それはさておき、狼は二人を見つめて、
「よし、解ったな? ここは俺が食い止める。早く逃げるんだ」
「でも、浩之ちゃんは?」
「そうですよ。私たちだけ逃げるなんて……」
「安心しろ」
そういって、狼はハンターをきっと睨み付け、
「俺も、必ず生きて帰る」
狼に背中を押され、二人は名残押しそうに振り返りながら、扉から外を出ます。
ハンターはそれをちらりとみるも、あくまで注意は前方の狼に向いています。
二人は小屋から出、天井からぱらぱらと木屑が舞い落ちます。どうでもいいけど崩れるのに時間かかり過ぎじゃない? ま、これも演出なのかしら。
……っと、二人はじっと見詰め合います。
崩れ落ちる小屋のなかで。
少しずつ時間が流れていき、
かつんっ。
やや大きな破片が床に落ちます。二人はそれを合図にしたかのように動きはじめました。ハンターがロケットランチャーを構えようとした所ですばやく反応した狼が捨て身のタックル、双方バランスを崩し、ロケットランチャーは地面に落ちました。とっさに体勢を立て直し向かい合う二人、狼はちらりとロケットランチャー見て、それと自分とハンターの距離を計算し、ロケットランチャーに飛びつきました。一瞬遅れてハンターも飛びかかろうとします。しかし。
狼は、それよりも早くロケットランチャーを手に取り、構え、ハンターを狙いました。ふっ、と笑い、
「GameOver、だろ」
銃口を突き付けられ、ハンターもまた笑いました。
*
轟音。
二人が振り向くと、小屋が完全に崩れ落ちた所でした。
赤ずきんは、ぎゅっとお婆さんの手を握ります。
「終わったん、でしょうか?」
「うん。多分」
「でも……狼さんが」
「そうだよね……」
お婆さんは寂しげに、
「ばかだよ、狼ちゃんは」
二人は大空を見上げます。
そこには、確かに狼が大空に笑顔でキメたような、そんな気がしました。
「行こっか、赤ずきんちゃん」
「……はい、そうですね」
気付くと、すでに東の空には暁が見えます。
暁に死す。さらば狼。
二人は、ゆっくりとした足取りでその場を離れました。
しかし、あれが最後の狼とは思えません。
人類が同じ過ちを繰り返す限り、きっと第二第三の狼が現れることでしょう。
バババババ……
空では、意味もなくヘリコプターが飛んでたりしました。ええ、意味なんか無く。
終
「……てーかさ」
「ハイ?」
瓦礫の中、運良く出来たスペースの中で浩之と万国旗を頭にひっかけたレミィは。
「なんでロケットランチャーから万国旗が出るんだよ? コントじゃねーんだぞ」
「ウーン……ニッポンでいう、御約束デス」
納得行かない様子の浩之。
ま、世の中いろいろあるってことね。
「……それで済ますなよっ」
じゃ、今宵はこれまでにしとうございます。
「あっ、無理矢理終わらせてんじゃねー!」
(若干一名の騒ぐ男を放っておきつつ、幕劇)
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