「国崎往人ーっ!」

 俺はすでに廃線となった駅の線路を見つめながら「死体でも探しに行くか」とスタンド・バイ・ミーごっこをしていると、突然そんな声がかけられた。
 この声は聞き覚えがある。
 知り合いのチビジャリ、みちるだ。

「ん。みちるか」

 そう言って、俺が振り向こうとすると。
 ごり。
 そんな音をたてて、俺の首がいい感じに曲がった。
 出会い頭のちるちるクロスチョップだった。
 痛い、と思う暇も無かった。
 そのまま意識を失う。
 
 

 目を覚ましたとき、俺は奇妙なことに気がついた。
 妙に視点が高い。
 普段は見えないような、駅舎の屋根の上側も見える。
 眠っている間に高いところに連れてこられたのかと思ったが、そうではないらしい。
 俺は……浮いていた。

(はぐれ人形使い、フライング付き)

 地震をくらっても平気そうだ。
 じゃない。
 何故こんことになったんだ?
 下を見てみる。
 そこには、恐らく、こうなった原因のみちると、何時の間にか来ていた遠野。
 そして、倒れている俺がいた。
 ……下の人などいない。
 いや、現実逃避している場合じゃない。
 耳を済ますと、二人の会話が聞こえてくる……。

「にゅ……ヤバいよ美凪、国崎往人動かなくなっちゃったよ」
「……死体を産業廃棄物投棄所に埋めておくと、後から後から産廃がかぶさって、見つかりはしません」
「にょ! それだぁ!」

 それじゃねえ。

「……でも、往人さんはまだ生きているようです」

 俺の首に手を当て、遠野が言う。
 どうやら、俺はまだ死んだわけじゃないらしい。
 いわゆる、生霊という状態だろうか。
 ……。
 とりあえず言っておくか。
 うぐぅ。

「うにゅ。とりあえずほっとしたやら残念やら」

 何故残念がる。
 ともあれ、俺の運命はこの二人にゆだねられたようだ。
 二人が適切な蘇生術を施してくれれば、俺も元に戻れるだろう。
 多分。

「で、どうしよっか。これ」
「……そうですね」

 遠野は考えこんでいる。
 みちるは当てになりそうもないので、この際彼女が頼りだ。

「……濡らしたハンカチを、顔にかぶせてみるとか」
「にゅ?」
「……限界にチャレンジ」

 そういうことは自分でやってくれ。
 果てしなく不安になってきた。

「んーそれもいいねえ」

 よくはない。
 はらはらしながら見守っていると、突然遠野が何か決意を固めたような顔をした。

「みちるさん」
「はい。なんでしょう美凪先生」
「この際ですから……あなたに教えておこうと思います」
「はい?」

 なんだ。
 何をするつもりだ遠野美凪。

「……男体の神秘……ぽ」

 ぽ、ではなくて。

「はい先生。当方たいへんきょうみがある話題であります!」
「よかった」

 よくない。
 なにかしら嫌な予感がする。
 二人はその場に座り込み、俺の体を見ている。
 二人の体に遮られ、ここからでは俺がどんなことをされているのかわからない。

「ほら、ごらん」
「にゅ?」

 何を見ているっ。

「ほら……すごいでしょう?」
「おおっ、すげー」

 二人の少女は、何やら興奮した声をあげる。
 ぐあっ、何をシテいるんですかキミタチッ。
 おとうさんはそんなふうに育てた覚えはありませんよっ。
 錯乱のあまり俺のキャラクターが変になっても、少女達の行動は終わらない。
 ……母さん、ボク、もうお婿にいけないかもしれません。

「いやー、しかしこれはなかなかのものですねー」
「……そうでしょう?」

 わー!
 ぎゃー!
 俺は出せる限りの大声を出し、二人の声を聞かないようにする。
 しかし、それでもその声は聞こえてしまう。
 耳を閉じることは出来ないのだ。

「……こんなにおっきい」

 なにいそんなに大きかったですかそのような覚えはあまりありませんがいやそう言われるのも悪い思いはしませんかいやしかしそれはやばいだろういくらなんでも。
 混乱する俺。
 夏の日差し。
 さわやかな風。
 ひとけの無い駅。
 そして少女は、ぽつりの呟いた。
 
 

「のどぼとけ」

 なんでやねんっ!
 俺のツッコミは、ただ空を切るばかりだった。

(……おしまい)

戻る