たとえばこんな主人公

さんだーすとらいく!!
第3話

昼休み。
私立ひびきの高校、の伝説の鐘の所に神父姿をした少年と、黒い虎が一匹、下の風景を眺めていた。しかし、中庭の人間は誰もそれに気がついた様子はなく、思い思いの昼時を過ごしている・・・・。
「そろそろ、退屈しのぎの時間はお終いだ」
手にもっていた砂時計をかざして、感情のこもらない声で呟く少年。
「ぐるぐる」
黒虎が頷くような仕草をする。
「けど、このまま帰るというのも芸が無い。ちょっとぐらいお返しをしておいた方がいいかな。立ち直れるか、立ち直れないか、ぎりぎり程度の傷を負わせても罰は当たらないからね・・」
眼下で、友人の少女と昼食を取っている一人の少女を見ながら、彼は独りごちた。

その日の放課後・・・・。
「さー、今日は帰ったら何しょうかな♪」
浮かれきった顔の海王。
『ホント、嬉しそうだな』
通学鞄に仕舞ってあるノートパソコンの<相棒>が怪訝そうな声で問い掛けてくる。
「そら、新入生歓迎会やら、その他のもろもろのごたごたがようやく片付いて、暇になったんや、嬉しゅうない訳が無いやんけ♪」
気分に応じて体が浮き沈みできる体質を人間が持っていたら、空の彼方まで飛んでいくんじゃないかと言うくらい、お気楽な声で答える海王。彼は入学式の日に遅刻してきた罰として、生徒会副会長に任命されたのだ。
『ほお、ここに来るまでの日々に比べれば、あれも暇な日々のうちに入ると思うのだがな』
理解できない、と言わんばかりの顔をする<相棒>。実際、昔住んでいたひびきの市に戻って来るまでの日々は、下手なフィクションを上回る出来事の繰り返しだったのだが、
それを語るのはまた別の機会にしよう・・・。
「あのな、それはここに戻って来るまでの話で、今のわいは普通の高校生、そんでもって普通の高校生には、あれは十分忙しいうちに入るんや。ちいとばっかし考えれば解る話や無いか」
空を指差して、断言する海王。
『考えれば考えるほど、お前に普通の高校生という単語が似合うとは思えないんだが』
<相棒>が冷ややかに答えた。ちなみにこの<相棒>、海王が十歳の時からの付き合いで、
ある意味では両親や光よりも、海王の事を理解している人物(?)といってよい。
「そりゃ、これまではなんだかんだ、いざこざに巻き込まれとったからな、でももう戦う必要も無くなったんやから、心置きなく平穏な日々を満喫できる訳や」
『確かに色々ないざこざの原因は解決したが、どうせまた別の厄介事に巻き込まれるのは目に見えてると思うがな・・・』
海王に聞こえない声で呟く<相棒>。ちなみに、ここ一年ばかりは某紛争地域ではぐれた両親を探していたのだが、それとは無関係な騒ぎに巻き込まれたのも、一度や二度ではない。
「とにかく、帰りにゲーセンでも寄って、新作の射撃ゲームでもしよか」
と、極楽気分で帰ろうとして、校庭に植えてある木の一つに目が行った。というのも、根元の近くに穴が出来ていたからである。
『どうした、海王?』
怪訝そうな顔で問い掛ける<相棒>。
「ああっ、赤井さん捕獲用トラップに赤井さんが引っかかったみたいなんや」
穴に近づきながら言う海王。海王と同じく入学式に遅刻して、生徒会会長に任命された赤井ほむらは、「こんな面倒な事やってられっか」と脱走を図ることが少なくなく、おまけに
生徒会の仕事は最終的に会長がいないと進行しないように出来てるので(少なくとも、このあたりの学校は・・・)、学校のあっちこっちにほむらだけが引っかかりそうなポイントだけを選んで、罠を仕掛けたと言う訳である。つまり、海王が今近づいている穴にかかっているのは、赤井ほむらに相違ない・・・・、はずであった。しかし、普通の高校生は学校にトラップなんぞ仕掛けないぞ(笑)。
「あんた、だれや?」
穴に落ちていた人間の顔を見るなり海王はそう尋ねた。穴に落ちていたのは赤井ほむらではなく、別の人間だったのだ。
「そういや、会うのは初めてだったわね、剣海王」
穴から助け出された少女は思わせぶりな言葉を口にした。
「はて、どこぞでおうたかな?」
海王は首を捻った。額を出した青い髪のロングに、きつさを感じさせる切れ長の目、一言で言えば、目の前の少女はクールビューティーの一歩手前といった感じが、しっくりくる特徴的な人物なので、何らかの形で関っていたら忘れるはずがないのだが、海王には覚えがない。
「まあ、そっちは知らなくても無理は無いわね」
肩をすくめる少女。だが、微かに聞き覚えがあるような無いような、そんな感じの声だ。
「それにしてもなんでワイの事知っとるんのや?」
目を丸くして少女を見る海王。
「あなたの事なら、大雑把な個人情報程度は知ってるわよ」
少女の言葉に、海王は微かに警戒の色をあらわにする、と言っても常人なら気がつかない
程度のもので、少女もそれに気がつかないようであったが。
『この女、何者だ?』
海王の正体を知って、どこかの組織が送ってきた刺客か、はたまた海王をスカウトしに来たのか、どっちかだろう、と警戒し、学校のコンピューターに早速アクセスする<相棒>。
「たとえば、どんな事を知ってるんや?」
「そうね、剣海王、1983年11月29日生まれ、0型、evsのタイプは4。家族構成は両親との三人家族・・・・」
と、少女は彼女が知る限りの海王の情報を口に出して言い始め、言い終わる頃には、日が暮れ始めていた。
「・・・ひびきの高校の生徒会副会長をやっている、とまあ私が知ってるのはこのくらいかしら?」
「ほお、あんた光の親友と言ったところか?」
表情一つ変えずに説明し終わった少女に、海王が口にした言葉で、やや驚いた顔をする少女。
「どうしてそう思うの?」
海王の言葉に、少女が興味深く彼の方を見る。
「そりゃ、ひびきの市を出るまでの事はやたら詳しかったけど、その後の事は書類に乗ってある事と大して変わらないし、ひびきの市に戻ってきてからの事も、あんたが言うた事を知っている人間はワイの知る限り一人しかおらん。そして、その人間は素直な性格の持ち主で、あんたみたいに気が強くてきつめな女が、結構馬が合うと相場が決まってるものやしな、それに・・・」
そこから言及しようとして、慌てて口ごもる海王。
「ふうん、なんだか説得力に乏しいけど、おおむね間違いじゃないわ」
「で、名前は?」
すかさず聞いてくる海王に、少女は眉をひそめ、
「あなたね、人に名前を聞くときは・・・」
「自分から名乗るものだって言うんやろ? でもあんたは俺の名前を知ってるから、今更言う必要はあらへんやん」
済ました顔でぬけぬけと答える海王。
「まあ、それもそうね」
いわれて納得する少女。割り切りはいいようだ。。
「そんで、名前は?」
改めて尋ねる海王。
「私は・・・」
「あれ、琴子、どうしたのそんな所で」
少女の声を遮って話し掛けてきたのは、海王の幼馴染の陽の下光であった。
「んっ、琴子いうんか、どっちかっつーと、斧子の方がしっくり来る気がするけどな」
海王がポツリと言った。すかさず、蹴りを食らわそうとするが、あっさりよけられる。
「水無月琴子、私の親友なんだけど、知り合いだったの?」
「いや、初対面や」
光の言葉をあっさりと否定する海王。
『なるほど、類友か・・・・・・・・・』
とっくの昔に琴子の個人情報を引き出し終わっていた<相棒>が小声で頷いた。
「光、お前の友達ってオモロイ奴やな」
自分の事は東京タワーと同じ高さの棚に上げて、しみじみと言うか海王。が、その一言が琴子の堪忍袋の緒をぶち切れさせてしまったのはいうまでもない。
「あんたにだけは言われたくないわよ!!」
台詞と共に、鋭い一撃が海王に襲い掛かる。
「なんでやー!?」
当然避ける海王。
『気持ちはわかるな』
妙に冷静な声で呟く<相棒>。まあ、馬鹿に馬鹿と言われる事ほど腹立たしいものは無いが。
「わわっ、わいは誉めてんのやで?」
殴りかかってくる琴子の攻撃をかわす海王。言っておくが皮肉ではない。
「全然そうは聞こえないわよ!!」
海王を追いかける琴子。顔は怒りで真っ赤になっている。心なしか拳や蹴りにもやたらと殺気がこもっていて、何割増か攻撃力が上がっている・・・。
「しゃあないなあ」
海王もフライパンを取り出して、取り合えず応戦する。と言っても防御一辺倒だが。こうして、海王と琴子の闘いは空が濃紺に染まるまで続いたのであった・・・。

「全く、あんたも物好きね」
結局、小一時間追いかけっこを続けた後、光がタイミングを見計らって止めに入り、事態が収拾し、三人で帰ることとなり、ついさっき海王と別れた所である。
「ん、何が?」
すっとぼけているのか、地なのか、判断がつきかねる表情で、琴子を見る光。
「剣海王の事よ、どこが良いわけ?」
琴子はそう聞かずにはいられなかった。親友の好みにけちをつけたくは無いが、どう考えても光に相応しい人間には思えなかったのだ。まあ、あれで思えたらそれはそれで不思議と思うが・・・。
「全部」
光は即座に、それもきっぱりと断言した。
「そう答えるだろうとは思ってたけどね・・・」
こめかみを抑えながら、疲れきった声で言う琴子。
「海王君は誤解されやすいけど、優しくていいところいっぱいあるんだよ」
我が事のように自慢げに言う光。
「そう・・かしら?」
いまいち光の言う事に頷けない琴子。
「うん、琴子にもすぐわかるよ」
やけに確信した顔でいう光。それは信じたがっている顔ではなく、知っている顔であった。
「さあ、それはどうかしらね・・・・」
困ったような顔で、光を見る琴子であった。いくら光の幼馴染とはいえ、七年の年月は人を変えるには十分な時間なのだ。おまけにいろいろとよくない噂も入ってくる。曰く、入学式をサボって隣町のきらめき高校に殴りこみに行った。曰く、番長グループをしめた。
曰く、赤井ほむらを傀儡にして学校を裏から支配しようとしている。等等、入試、入学式、
新入生歓迎会と、事ある毎に騒ぎの中心にいる人間なのだ、そう言う人間を好きになった親友を心配するな、という方が無理な注文だろう。

とまあ、こんなことがあってから数日後の日曜日・・・・。
ひびきの商店街を一人のダースベイダーが歩いていた。が、そんな風変わりな光景にもかかわらず、商店街で買い物をしている人達は気にせずに買い物をしている。つまりはその人物がその格好をしていることに慣れているのである。その証拠に、ダースベイダーが野菜やら肉やらを買っても、店の人々は普通に対応していた。が、知らない人から見れば、
十分妙な光景である事に変わりはなかった。そして、ここに光景が妙に感じている人間がいた。本編の主人公・剣海王である。
「なんだありゃ・・・・」
『ダースベイダーだな』
海王のディバックの中の<相棒>が率直な感想を述べた。
「だから、そういう事を聞いているんじゃ無くて・・・」
と言いかけて、言葉を止める海王。
『どうした?』
「まあ、少々変わった人間なんて、どこにでもいるからな。それに下手の関わって、せっかくの休日がおじゃんになるのは嫌だしな・・・・・」
『本音はそこか・・・・』
踵を返して別方向に向かう海王に、<相棒>が口をはさんだ。長年妙なのに、否応なしに関わってきたので、こっちへ戻ってきてまで関わる事も無いだろうというのが彼の意見なのであるが、そういう彼も十分変な奴だという自覚も、そういう妙な連中がどう対処し様と結局関わらずを得ないということを、まだ分かってないようである。
しかし、もう少し様子を見ていれば、ダースベーダーの正体がわかったのであるが、なまじそういう連中の対処法を知っている海王はそれを見る事無く商店街を去っていったのだった。
「あれ琴子、どうしたの?」
買い物袋を下げているダースベイダーに、声をかけてきたのは彼女の親友・光であった。
「あら光、あんたこそ何してるの?」
すこしくぐもっていはいたが、ダースベイダーマスクのしたから聞こえてきた声は間違いなく水無月琴子のものに間違いはなかった・・・・。
「いやあそれが・・・・・」
琴子の問いに、光は乾いた笑いを浮かべただけであるが、琴子はすべてを理解した。
「剣海王を誘って、断られたの?」
そう尋ねると、光は目を涙目にして琴子の肩を掴んだ。誰がどう見ても答えは明白だ。
「聞いてよ琴子、今日ね今日ね・・・・」
涙声で機関銃のようにまくし立てようとする光。
「わ、わかったから、どっか店にでも入りましょう・・・・」
今にも大泣きしそうな光をなだめながら、琴子が提案した。しかし、傍から見ると、どう見ても女の子を脅かしている悪人、である・・・・。

商店街から少し離れた処にある甘味どころ。
「で、なにがあったの?」
琴子がマスクを外しながら、問い掛ける。
「それがね・・・・・」
と、しゅんとしょげ返った光が訳を話し始めた。
三十分後・・・・、
「・・・・・つまり、親が映画のチケットくれて、せっかくだから剣海王を誘おうと、あいつの家行ったら、コアラ以外何もいなかったと、そういうわけね・・・・」
それまでの光の話を要約して、聞き返す琴子。光は首を振って頷いた。
「ひとりで映画みてもしょうがないから、帰ろうかなと思ったら、琴子がいたわけ」
琴子に話して、少しは気が晴れたのか、元気を取り戻す光。その時、
「あれ、光ちゃんじゃない?」
と声をかけてきたのはクラスメートで、海王の友人の坂城匠と穂刈純一郎だった。
「どうしたの貴方たち、そんな格好で・・・?」
怪訝そうに二人を見る琴子。ちなみに匠達は所々煤だらけである。
「水無月さんこそ・・・・」
と、ダースベイダーの格好をしている琴子をみて、目を点にしている二人。
「まっ、ちょっとした必要装備と言う奴よ」
とそっけなく答える琴子。どうも琴子は洋食のたぐいが駄目で、特に珈琲は匂いをかぐと
失神してしまうほど苦手だったりするのだ・・・・。いわゆるアレルギーと言う奴である。
その為、休日の商店街などを歩くのに、酸素マスク装備のダースベーダースタイルをせざるを得ない訳である・・・・。
「匠君達はどうしたの?」
「ああっ、俺達はちょっとそこの駅前で、剣海王の騒ぎに巻き込まれちゃっ・・・・」
と純一浪が言い終わるよりも先に、光はすっ飛んで行った。勿論駅前に・・・。
「ひ、光ちゃん?」
あぜんと出口の方を見る匠。
「あのばか、いや、バ海王って言った方がいいわね」
その語呂合わせが気にいたのか、ご機嫌そうにバ海王を繰り返す琴子。
「何やったの、今度は?」
「いや、駅前にいたのは剣海王は剣海王なんだけど、」
言いにくそうに匠を見る純一郎。
「きらめき高校の剣海王なんだよ」
肩をすくめて言う匠。数刻の間、周囲を沈黙が包み込む・・・。
「あんた達、そういうことは早く言いなさいよ・・・・・」
机に突っ伏したまま、琴子はそれだけを言うのが精一杯だった・・・・。

さて、そのころ本物(?)の剣海王はどうしてたかというと・・・・、
「やれやれ、すっかり寄り道してもうたな」
ダースベイダーこと琴子とは別方向に行こうとして、ジャンク屋を発見し、すっかり長居してしまった海王は、しみじみと言う。
「寄り道とは何だ、寄り道とは。たまには私に新しい部品を買っても罰は当たらんぞ」
「たまには?」
ふんぞり返る<相棒>を思いっきり何か言いたそうな顔で見る海王。元々は人格を持った魔剣であったが、刀身を失い、ノートパソコンを仮初めの体にしてからと言うもの、やたらとバージョンアップを要求するようになったのだ。この<相棒>は・・・。
『しょうがなかろう、お前が置きざらしになっていたノートパソコンを使うから、窮屈でかなわんのだ、この体は』
「いわんといてくれ、これでも結構カスタマイズしたんやで」
どうも<相棒>本体との相性があって、どんなものでも言いという訳ではなく、当面のところ彼の代理のボディになりえたのは、スクラップ寸前のノートパソコンだったと言う訳である・・・。相性が良いからといって、居心地がいいかというと・・・・、
『そうはいってもな、自分の手足が思うように動かないというのは、結構もどかしいものなんだぞ、お前だっていきなりずぶの素人の体になれば、不安になるだろうが』
<相棒>が、妙なたとえを持ち出して、力説する。
「だからっちゅーて、人の体を乗っ取ろうとすんなや」
げんなりした口調で言い返す海王。<相棒>は精神波長が合う人間にしか声が聞こえないのだが、その特性を生かしてマスターの体に乗り移る事が出来る。しかし、これは乱用しすぎるとマスターの体を乗っ取ってしまうため、<相棒>とその同胞たちはこれを禁じ手としているのだが、どういうわけか海王は通常ならばマスターの体を<相棒>が乗っ取ってもおかしくないほどの時間、入れ替わっているにもかかわらず、ぜんぜんそう言った前兆が見られないので、たまにちょくちょく体を借りているのだ。
『私のボディの一部となる部品だ、生半可なものを使われる訳にはいかんだろうがっ!!』
「だからって、乗り移って部品を物色するか・・・?」
<相棒>に体を貸すのはろくな事が無いので、あまり気が進まない海王。
『いいではないか、一寸位』
まるで時代劇の悪代官のお決まりの台詞みたいな言い方で、<相棒>が口を尖らせる。
「ほう、ちょっとねえ・・・・」
半眼でちらりと<相棒>の方を見る海王。
「その言葉を信じたばっかりに香港じゃあマフィアと事を構える羽目になってもうて、ロスでは裏カジノで馬鹿つきして、金髪のバウンティハンターの姉ちゃんに追っかけられるわ、ろくな事がなかったような気がするけどな」
視線をますます険しくして、<相棒>に向かって反論する海王。
『お前の場合、私じゃなくても、厄介事の方から近づいてくるから、変わりないだろうが』
うろたえながら言い返す<相棒>。
「ほお、どれもお前が好き好んで事態をややこしゅうせんかったら、穏便に片付いていたことだって、少なくなかったんとちゃうか?」
追い討ちをかける海王。慎重そうに見えて、けっこう<相棒>は好戦的なのだ。どういうわけだか手のかかるパートナーに縁があるので、そのフォローをせざるを得ないので、そうは思われていないのだが・・・。やはり元からの性格からか、時々息抜きに派手にやりたくなる時があるのだ。
『そ、そんなことは・・・・・、ない・・・・、ぞ・・・・』
後ろめたそうな顔をして、反論する<相棒>。多少は自覚があるのか、歯切れの悪い口ぶりになっている・・・・。
「まあ、そんな事言うててもしゃあないし、散策の続きでもするか」
慌てふためく<相棒>に苦笑すると、海王はまた歩き出す。そもそも、今日はひびきの市をあっちこっち歩いて回るのが目的だったりするのだ。やっぱり七年間の間にすっかり変わっている所も多く、自分があっちこっち渡り歩いている間の、その変化を我が目で見ておきたかったのである。
『だったら光を誘った方がいいのではなかったか?』
<相棒>が口をはさむ。
「それも悪うないかもしれんが、わいの感傷に光まで付き合わすことはないやろ」
<相棒>の本体をポンと叩いて、穏やかな口調で言う海王。
『感傷ねえ、お前もそういうことがあるんだな』
いささかわざとらしく驚く<相棒>。勿論、海王のそういう一面は知っているが、さっきのお返しをしようと、少し意地悪をしているのだ。
「あのな、わいかて久しぶりにひびきの市に戻ってきたんや、少しくらい感傷に浸ってもええやろ。ましてや、戻ってきたら戻って来たで、いろいろあったんやし」
少しブルーが入った顔で、<相棒>を睨む海王。どうやら、思い出してしまったらしい・・・・。
『そうだな、波乱万丈という言葉では言い表せないほどの旅をしてきたのだからな』
<相棒>も感慨深く呟くが、
「アニメや特撮ならここで主題歌や挿入歌が入って、過去のフィルムをつなぎ合せた回想シーンが入ってるところやな、きっと」
雰囲気ぶち壊しの台詞を言って、頷く海王。
『いまいちロマンチストになれん奴だな、お前は』
と、<相棒>があきれ返る。
「ちょっと思っただけや、行くで」
と、また海王が歩き出す。と、そこへ、
『そんなに呑気にしていていいのかな?』
ノートパソコンから<相棒>のものとは違うが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「この声は、似非神父!!」
手元にあるノートパソコンに視線を向ける海王。
『久しぶりだね、サンダーストライク、いや黒き雷刃、それとも赤き雷竜、ライトニングデストロイヤー、いやサンダーボーイ、雷炎の守護者と言うべきかな』
似非神父と呼ばれた声の主は、思いつく限りの海王の異名を口にする。
「今は剣海王や、只のな」
ぶっきらぼうにそれらの異名を否定する海王。
『では、親愛の情を込めて、つる・・・・』
似非神父がそういいかけたところで、海王は思わずノートパソコンを地面に叩きつけようとして、振り上げた。
『まてまて、私は別に乗っ取られたと言うわけではないのだぞ!!』
壊されちゃたまらないと、<相棒>が慌てて制止する。
「おっと、いけないいけない」
<相棒>の言葉で、我に返る海王。
『短気はいけないよ、つる・・・』
「それ以外だったら、好きなように呼んでくれて構わんから、さっさと話を進めてくれ」
似非神父の言葉を遮って、海王が冷ややかに言った。
『じゃあ、サンダーストライク、そう呼ばせてもらおう』
「でっ、ネットワーク機能を使って割り込みをかけてきたのは、只単にわいをからかう為なんか? いくらお前が度が過ぎた道楽者でも、それはないやろ」
というよりは、この人物が目の前に現れる事はろくでもないことが必ず起きると言う事を象徴していると言ってよい・・・。
『ご名答。実は以前、君に台無しにされた魔神素体の試作品の同タイプのものに、君の幼馴染を狙わせている。早く行かないと、君の幼馴染が帰らぬ人となっちゃうよ』
恐ろしい事を酷く愉快そうに告げる似非神父。海王の目の前にいたら、きっと微塵切りにされていただろう。
『追伸、場所のデータを残しておいたから、せいぜい急ぐ事だね』
それだけ言うと、似非神父の声はぷっつりと切れてしまった。
「おい・・・」
『わかっている・・・』
海王の問いかけに、<相棒>は画面に似非神父が残していったデータを映し出した。
「正反対の方向か・・・・」
場所を確認して、舌打ちする海王。どう急いでも海王の足では十分はかかる位置だ。十分もあれば、試作品の魔神素体といえども、人一人殺すのには十分な時間だ。
「ぐずぐずしている暇はないな」
目的地の方を向くと、靴の紐を締めなおして、気合を入れる海王。その時である、
「先へは進ませないよ、一歩もね」
道士の姿をした子供が海王の前に立ちはだかった。
「おまいも、魔神素体の一人かい?」
身構えもせずに問い掛ける海王。
「ご名答。僕の名はディル。魔神素体第三号さ」
ディルと名乗ったその子供は、両手にエネルギー球を発生させ、海王に狙いをつけた。
「先へ通りたければ、お前を倒せっちゅー事か?」
フライパンを取り出す海王。
「ちがうね、君はたどり着けないよ、僕が倒しちゃうからね」
サッカーボール大のエネルギーの塊を、海王とは別の方向に投げるディル。
「偉そうな事言うとる割に、おそま・・・」
『海王、まずいぞ』
言いかけた海王と、<相棒>がディルの意図に気がつくのは、ほぼ同時であった。

同じ頃・・・、
「あ?あ、まさか海王違いだったなんて・・・」
落胆した顔で光がぼやいた。海王の名前を聞いて、いざ行ってみるときらめき高校の剣海王―同姓同名の赤の他人―が、同級生の女の子二人に追いかけられたていただけなのだから、落胆の度合いも大きいと言うものである。
「まあ、あの場合仕方ないわね、勘違いさせるような言い方をした向こうが悪いんだから」
光を慰めるように言う琴子。が、傍から見ると女の子を誑かしている悪人という光景にしか見えない。ちなみに、勘違いさせた純一郎と匠は、しっかりと琴子がお灸を据えたのはいうまでもない。
「とにかく、もう一度電話でもしてみたら?もしかしたら帰っているかもしれないし」
と、駄目元で提案する琴子。
「そうだよね、ありがとう琴子!」
パッと目を輝かせて、公衆電話を探しに行く光。
「ほんと、世話が焼ける二人よね」
光の後姿を見ながら、呟く琴子。
「まったく、あいつみたいに居所がつかめない奴に限って、携帯電話を持ちたがらないんだから、困ったものよね。今度、光に入れ知恵して、ポケベルだけでも持たせてみようかしら」
海王の顔を思い出して、忌々しそうに拳を握る琴子。光と親友でいる限り、こういうことがずっと続くかと思うと、頭が痛くなってくるのであった。確かに、一度や二度ならまだいいが、毎回こういうことが続けば、どんなお人よしでも嫌になるだろう。
「光はともかく、あのバ海王を何とかしないといけないわよね。本人たちはよくても周りがたまったものじゃないわよ、ほんとに」
そして、一番のとばっちりを自分が食うハメになるのだろうなと思いつつ、海王を鍛えなおすプランを色々と練っている所へ・・・、
「きゃああああああ!!」
と光の悲鳴が聞こえてきた。
「光!?」
慌てて声のしたほうに走っていく。しばらくすると、
「あっ、琴子?!!」
すっかりパニックになっている光が、黒い虎に追いかけられている姿が見えてきた。
「い、一体どうしたのよ、光?」
光にペースをあわせて走りながら、聞く琴子。
「わからないよ、いきなり物陰から現れて、襲ってきたんだもの!?」
必死で走りつつ、律儀に光が答える。

「ふっふっふっふっふ、中々元気がいいねえ。けど、サンダーストライクが来るまでもつかな? ゲームはまだ始まったばかりだからね」
見物人にまぎれて、先ほどの声の主・似非神父本人が、眼下で繰り広げられている黒虎と光の鬼ごっこを、酷薄な笑いを浮かべて、見物している。
「二度も僕の邪魔をしてくれたんだ、それだけの報いは受けてもらうよ。でないと、他の人たちに申し訳ないからね。君だけ無傷だなんていうのはね」

「いたたたた、何がどうしたのよ?」
ピザの配達途中だった九段下舞佳がお尻をさすりながら、ぼやいた。
「大丈夫か、舞佳はん!!」
咄嗟に舞佳の前へ出て、彼女を庇った海王が声をかけた。
「少年・・・、って君の方が重傷じゃないの?」
舞佳が海王の姿を見て、ため息をついた。彼女の言うとおり、舞佳の前へ出るのが精一杯
だった海王は直撃を受けてしまい、あっちこっちがぼろぼろである・・・。
「そんなことはええ、それよりさっさと此処から逃げてくれ!!」
と、彼女を見ないまま、海王が言う。
「でも・・・?」
「わいなら大丈夫や・・・・」
後ろにいる舞佳に向かって、Vサインをする海王。海王の言葉から、説得は無理だと思った舞佳は立ち上がり、助けを呼びに行こうとする。
「美しい光景だね・・」
ディルが音を立てて拍手をし、続きの言葉を言う。
「でも、僕はそういうのは虫酸が走るから嫌なんだよね」
いうやいなや、舞佳のほうに向かって、また光球を放つディル。
「・・・・・・・!!」
無言で舞佳の前へ踊り出る海王。今度はフライパンで辛うじて弾き返した・・・・。
「へえ、うまいうまい」
野球で好プレイをしたチームメイトを誉めるような顔で言うディル。
『根性の悪さは、主人譲りだな・・・』
忌々しそうにディルを見て、<相棒>が毒づいた・・・。
「うーん、ただ攻撃するだけじゃつまらないな」
いまいち物足りなそうにディルが呟いた。
「何言ってるの、人にこんな怪我負わせといて!!」
ディルの言葉が気に障った舞佳が、顔を真っ赤にして怒鳴った・・。
「それはその人が巧く避けないからだよ。それにお姉さんを気にせずに闘えば、そんな傷
負わなくて済むんじゃないの?理解できないね、全く」
大げさに頭を振るディル。
「これがわいのやり方や、お前にどうこう言われる筋合いは無いでえ・・・」
冷静な声でディルに言い返す海王。
『確かにこいつはお人よしだが、貴様にそこまで言われる筋合いは無いぞ』
<相棒>も海王の言葉にフォローを入れる。
「ふーん、だったらどこまで出来るか見せてよね、そこまで言うんなら」
海王たちをあざ笑うように見ると、ディルは指を鳴らした。
「どうなってるの、これ?」
あたり一面を覆い尽くした鏡に目を丸くする舞佳。
「君のやり方を証明してよね、その身をもって」
残酷な絵美と共に、数発の光球をディルが放った。

「どうしてこうなっちゃうのよ?!!」
自慢の足で、黒虎から逃げながら、叫ぶ光。
「光、もう少しで警察が来るから、それまでの辛抱よ」
少し離れたところから呼びかける琴子。
「もう少し、ってどれくらいよぉ?」
情けない声を出す光。
「すぐに来るって言ってたわよ」
と、淡々と答える琴子。
「すぐっていつよぉ?」
「すぐっていったら、今直ぐに決ってるでしょ!!」
光の鳴きそうな声に反応するように、パトカーが飛び込んできた。と言っても、只のパトカーではない、ミサイルランチャーやガトリングガンで全身武装したパトカーである。
乗ってる人間が誰かは、言うまでも無いだろう・・・。
「さあ、お姉さんがかわいがってあげるわよ、子猫ちゃん♪」
パトカーの助手席で引き金を嬉しそうに握るプッツン刑事こと倉の井温子。
「あんたが言っても色っぽさを感じないわね、その台詞」
横で運転していた刑事になってからの腐れ縁の相棒、幸原惠がウンザリしたように言った。
「な、なんなの、あのパトカー?」
琴子がその場の意見を代表したような言葉をつぶやいた。
「助かった・・・・のかなあ?」
いまいち自信なさそうに武装パトカーを見る光。とても救いの神には見えないから当然だ。
「ちょっと、そこのお嬢ちゃん」
ぽつんとしている光に、温子が大声で呼びかける。
「お嬢ちゃんって、私?」
あっけに取られて、自分を指差す光。
「ほかに誰がいるの!!こっち来なさい!!」
ずんずんと光に近づいていき、手を引っ張る温子。
「うがああ!!」
勿論、それを逃がす黒虎ではなく、光と温子に向かって襲い掛かる。
「虎の分際で、あたしに襲いかかろうなんて・・・」
開いてる方の手で、ガバメントを取り出す温子。
「十年早いわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声と共に、銃声が響き渡る。無論、魔神の名を冠しているこの黒虎がただの黒虎ではなく、銃が効く筈も無い。しかし・・・、
「うぐるぐうるるる・・・」
苦しそうに悶える黒虎。
「さすがにこれは効く様ね」
すかさず残りの弾を黒虎めがけて撃ち込んむ温子。
「早く乗りなさい!ほら、そこの貴方も」
窓から頭を乗り出し、琴子に呼びかける惠。
「行くわよ」
全弾撃ち込んで、マガジンを取り替えると、光の手を引っ張ってパトカーに戻った。
「あっ、えっ、どうなってんの?」
何がなにやらわからぬまま、温子に手を引っ張られる光。
「光、待ってよ」
あわてて二人を追いかける琴子。
「よし、乗ったわね」
全員が車の中にいるのを確認すると、惠は車を出した。
「・・・逃がすな」
事の顛末を見ていた似非神父が命令すると、黒虎の傷が瞬時に傷が回復し、立ち上がった。
「追いかけるんだ、地の果てまで・・・」
その声を聞くと同時に、黒虎が武装パトカーを追いかけ始めた。

「ふっふっふ、中々しぶといね」
「この程度でやられるほど軟やないでぇ」
額から流れる血を拭いながら、不敵に笑みを浮かべる海王。体は何度もディルの攻撃を受けて、満身創痍の状態で、立っているのが不思議なくらいである・・・。
「さあ、これはどうかな」
適当な方向へ光球を投げるディル。その光球が鏡に反射し、別の方向へ向かう。
「どこや」
光球の弾道を見切ろうとする海王。しかし、どの光球とて、二度と同じ撃ち方をしない上に、途中で力を加えてコースを変えるため、舞佳を守るので精一杯であるのが、実情である。
『このまま、何か手を打たないと、二人とも共倒れだぞ』
「それはわかってるんだけどなあ・・」
しかし光球を打つ速度が速すぎて、海王が行動する前に光球が舞佳を狙うのだ。
『私が張った結界じゃあ、一分も持ちそうに無いしな、あの威力じゃあ・・・』
ぼやく<相棒>。
「かといって、奥の手を使っても意味ないしな・・・」
舞佳を狙う光球から、彼女を守り続けながら考え込む海王。しかし奥の手を使って、海王と<相棒>が入れ替わっても意味は無い。結界が持つ時間はそう変わらない。
『せめて私が生身だったら、何とかなったものだが・・・』
悔しそうに言う<相棒>。
「生身・・・・?」
何発か直撃を受けつつも、なにやら考え込む海王。
「ねえ、私の事はいいから、あいつをやっつけなよ、少年! でないと・・・」
海王がこれ以上傷つくのは耐えられなくなったのか、声を荒げる舞佳。
「舞佳はん、それはできへん相談やな」
前を向いたまま答える海王。何とも無かったかのように、盾となって、舞佳を守りつづけているが、何とも無いはずがない・・・。
「でも、このままじゃ・・・・」
「大丈夫や、この状況を何とかするええ方法思いついたさかい」
にやりと笑う海王。何か、勝算でも出来たようだ。
「えっ!?」
『ほう・・・』
同時に声を上げる舞佳と<相棒>。
「せやから、ちょっと協力してくれへんか? 舞佳はんの協力がぜひとも必要なんや」
舞佳のほうを向く海王。心なしか、契約を結ぶ時の悪魔が浮かべるそれと同じような笑みに見え、舞佳はやや不安を覚えるのであった・・・・。

「だああ、もうしつこいわね!!」
後ろから追いかけてくる黒虎を、バックミラーで狙いをつけて打ち続ける温子。
全弾命中しているのだが、その都度すぐに回復して、追いかけてくる。時間稼ぎにしかならない状況だ。それでも、間髪いれずに銃弾を打ち続ける。
「まずいわね・・・」
運転しながら顔をしかめる惠。
「なにがまずいの?」
不安げに尋ねる琴子。
「もうすぐ、弾切れなのよ・・・・」
顔色一つ変えずに、惠が余り聞きたくない答えを返した。
「えっ!!??」
真青になって惠を見る琴子。相変わらず温子は虎に向かって撃ちまくっている。
「温子が銃を撃っている時間と弾数を計算したら、あと四、五分で弾が切れるのよ」
平然と説明する惠。どうやらこういう事態には慣れっこのようである。
「って、どうするのよ、弾が切れたら終わりじゃない!!」
血の気の引いた顔になって叫ぶ琴子。
「そのときは素手で戦うしかないわね」
「どうやって!?」
温子が平然と、とんでもない言葉を言うのを聞いて、泣きたい気分の琴子だった・・・。
「大丈夫よ、温子はミサイル直撃してもびくともしないんだから」
光達を元気付ける為なのか、とんでもない事をさらりと言う惠。しかし、冗談を言ってるようには見えなかった。運転している惠は、むしろ生真面目な人物に見えたからだ。
(だめかもしれない・・・・)
琴子は心の中でそう呟かずにはいられなかった・・・・。
「大丈夫だよ、琴子」
光が琴子の肩を叩いて、力強く言った。
「あきらめなかったら、何とかなるから」
「その通り!!」
最後の弾を撃ち尽くしながら、光の言葉に相槌を温子が打った。
「絶望は、まだ早いわよ」
懐から先ほどの銃を取り出して、言葉の続きをいう温子。しかし、
「カミカゼアタックの何処が、希望なのかしら・・・・・・?」
温子の言葉にむしろ心細さを覚える琴子であった・・・・。

「そりゃまた無謀な・・・・」
海王の計画を聞いて、冷汗混じりに言う舞佳。それだけ、海王の策は常識で考えたら、無茶な、というより、無茶そのものだった・・・。
「けど、これしか方法は残されてへんのとちゃう?」
真摯な表情で舞佳を見て、決意を促す海王。
「ええいっ、わかった! 少年、それとそっちの<相棒>君、君たちに、任せるわよ」
意を決して言う舞佳。海王の言うとおり他に策はない、死ぬよりはましだろう・・。
『では、決まりだな』
「おおきに」
<相棒>と海王が同時に頷いた。
「なに悠長に話しているのかな、いい加減観念しなよ」
一際大きな光球を作るディル、一気に止めを刺すつもりだ。
「いくでえ!!」
舞佳にフライパンを投げて預けると、ディルめがけてまっしぐらに、比喩ではなく光よりも速く走る海王。
「そうそう、そうやって最初から見捨てて置けばよかったんだよ!」
舞佳めがけて光球を投げるディル。
しかし、舞佳は逃げようともせずに、その場に立っている。そしてあたり一面に、大きな爆音が響き渡った・・・・。
「これで終わりだ!」
勝ちを確信すると、ディルに、真っ直ぐに向かってきている海王を止めをさそうと、力をこめた一撃をうつ。しかし・・・、
「えっ!?」
ディルの一撃は虚しく空を切った・・・。
「どこ見とる?」
聞こえてきた声に振り返ると、そこには、後ろだけでなく左右あわせて三方に海王の姿があるではないか・・・・。
「これでお終いや」
にやりと笑った海王の拳には、雷の光が宿っていた・・・。

「で、正直な話、どうするんですか?」
げんなりした顔で問い掛ける琴子。常識離れした事態に、頭が参りかけていた・・。
「このまま中央公園に向かって、そこのグランドで、接近戦に持ち込んで、脳天に一発ぶち込むしかないでしょう」
少し考え込んでから、というより考えた振りをしてから言う温子。無論、勝算はない・・。
「結局いつものパターンなのよね・・・」
なれているので、かえって冷静な惠。
「へえ、そうなんですか」
妙に感性がずれてるのか、それとも肝が据わっているのか、感心したような顔で頷く光。
「いつもこんなことやってるの・・・・」
ますます、気が遠くなる琴子だった・・・。まあ、この状況で、このメンバーじゃ無理もないだろう・・・。仏教徒だが、思わず十字を切りたくなってしまった・・。

「手強い相手やったな・・・・」
地面に倒れているディルを見下ろして、息のあらいまま言う海王。鏡張りの空間はディルが倒された時点で解除されている。
「ふ・・・ふっふ・・・っふ・・・、でも・・・・・、僕は・・・倒せたけ・・・ど、あの・・・女の・・、人は助・・・・から、・・・な・・かっ・・・た。君の・・・、負け・・だ、よ・・・」
息も絶え絶えになりつつも勝ち誇った顔で、海王にむかって言うディル。
「それはどうかな」
がらりと口調の変わった舞佳が海王の横に現れる。歴戦の猛者の顔をしており別人のようだ、
というよりは別人なのである・・。
「な、なんで・・・・・?」
驚愕の表情で、舞佳を見るディル。
「それに答える必要はあらへんわ」
冷たく言う海王。右腕は、何時でも止めの一撃を放てる状態にある。
「海王」
促すように言う舞佳。
「ああっ・・・」
海王が止めの一撃を振り下ろそうとしたその時だった。
「消えた・・・・!?」
技の当たる寸前、目の前で姿を消した黒虎に、目を丸くして驚く海王。
「こっちは!?」
とっさに振り向き、ディルのほうを見る舞佳。案の定、ディルも消えている。
「野郎、形成不利と見て、逃げたな・・・」
残念そうに拳を叩く海王。
「まあ、邪魔者はいなくなったしまあ、いいじゃないか」
胸を張って勝ち誇る舞佳。いつにもまして豪快である。
『ちょっと、もういいんでしょ、だったら私を元に戻してよ!!』
海王のディバックから、女性の怒鳴り声、つまりは舞佳の声が聞こえてきた。
「ああっ、すんまへんな、舞佳はん」
ディバックの方を見て詫びると、舞佳の方を見る。
「いっそのこと、電源切って、暫くこのままにしとかないか?」
舞佳、つまり<相棒>がさらりととんでもない事を言う。
「おい・・・」
白い目して<相棒>を見る海王。
「冗談だ。ちょっとまってろ、今、元に戻すからな」
しかし、顔が笑っていない・。
数十秒後、舞佳の顔がそれまでの好戦的なものから、いつもどおりの表情に戻る。
「ふう、ようやくもどれた?」
開放感から背伸びをする舞佳。
「舞佳はんが協力してくれたおかげで、助かったわ、ホンマ」
「最初に聞かされたときには、びっくりしたけどね」
肩をすくめる舞佳。
『まさか、奥の手をお前ではなく、彼女に使うとは思わなかったな』
舞佳を見て、しみじみと言う<相棒>。前述の通り、<相棒>は一時的に精神と体を入れ替える事が出来るが、それは何も海王にだけ使えるのではなく、他の体の持ち主でも承諾さえすれば、海王でなくともいけるのだ。もっとも、有効時間は海王より短い。ちなみにさっきは、舞佳に乗り移った<相棒>が炎の技で相殺したのだ。
「しかし、ノートパソコンと入れ変わる事になろうとはねえ・・」
信じられない顔で言う舞佳。まあ相棒の存在自体信じられない話だが、それと意識を入れ替えるのはもっと信じられないが・・。
『でもまあ、海王より居心地はよかったぞ』
嬉しそうに言う<相棒>。もし舞佳に聞こえていたら、只ではすまなかっただろう。
「まあ、一か罰かだけど、上手くいってよかったよ」
<相棒>の言葉を聞き流して、何も無かったように言う海王。と言うより言わぬが花だ。
「それにしても・・・・・・・・・・・・」
まじまじと海王を見る舞佳。
「どうしたんや、姉ちゃん?」
きょとんとした顔をする海王。
「あんたたちって一体何者?」
当然の疑問を口にせずにはいられない舞佳。そりゃそうだろう、人並みはずれた戦闘能力を有し、妙な技を使い、正体不明のノートパソコンを操り、さらには得体の知れない敵と戦っている、謎のオンパレードだ・・・。
「そら、きまってるやろ」
ちっちっちと指を振って、何を今更と言う顔をして海王。
「というと?」
半眼で海王に聞き返す舞佳。
「どこにでもおるごく普通の高校生や」
自信たっぷりに答える海王。
「『何処がっ!!』」
力の限り叫んで否定する舞佳と<相棒>であった・・・・。
一番の謎は、彼の性格かもしれない。本気でそう思いたくなる舞佳だった。
「さて、・・・と」
海王はディバックから<相棒>を取り出して、無線を傍受する。
「よし・・・・」
なにやら確認すると、<相棒>を元に戻した。
「何をしてるんだい、少年?」
作業している海王を後ろから覗き込む舞佳。
「もう一体、さっきのような奴がこの町で暴れとるから、これから行って、倒してくる」
<相棒>を仕舞いつつ、近所に魚を買いに行くような口調で言う海王。
「ちょっと倒してくるって、そんな怪我で!?」
と舞佳は、怪我だらけの海王の体を指差して止めようとする。
「これくらいなら、なんてことあらへん」
「そりゃ無茶・・」
といいかけて、立ちくらみを起こす舞佳。
「あんまり派手に騒がん方がええで、あいつが派手な技使ったさかい、体に反動が残ってるはずや。これがわいの体やったら何ともないんやけどな。すまんな」
舞佳のような常人の体で、最後にディルが放ったほどの攻撃を相殺する力は、相当大きな負担になり、体に大きな反動が残るのである・・・。
「文句はいわないよ、助かったんだし」
近くの壁にもたれかかり、苦笑する舞佳。
「救急車呼んどくさかい、そこで大人しゅうしといてくれ」
舞佳の携帯を借りて、119を押そうとした時、車が通りがかった。
『おい、あの車に運んでもらった方がいいのではないか?』
<相棒>の提案に、そうだな、と同意した海王は車の前方に立った。
「馬鹿野郎、死にたいのか!!」
車の持ち主である男が慌てて急ブレーキをかけて車をとめて、すさまじい剣幕で出てきた。
「悪い悪い、けど人が倒れたんだ、近くの病院まで・・・・」
と言いかけた海王の顔が、驚愕のものになる。相手のほうも同様だ。
二人とも微動だにしない。
「どうしたの、少年?」
さっぱり事態が飲み込めない舞佳。
「り、遼伽!?」
「ぶ、ブレード、てめぇ」
二人が同時に声を上げる、そして遼伽と呼ばれたほうが海王を殴り倒した。
「ちょ、ちょっと!!」
「てめえ、あの時はよくもあんな真似してくれたな」
拳をポキポキと鳴らして、海王に近づいていく遼伽。
「そりゃすまんかったな・・・」
殴られた頬をさすって、ぶっきらぼうにいう海王。
「けどまあ、生きていたんだから、いいさ」
まあいいか、と立ち上がろうとする海王に手を貸す遼伽。
「へっ!?」
意外な展開に呆気に取られる舞佳。
「ただし、時たまうちの店でバイトしてくれたらだけどな」
「まあ、それでお前の気が済むならな」
と、埃を払いながら、淡々と言う海王。
「あの?、もしもし?」
状況が全然つかめないで、呆然とする舞佳。
「ああ舞佳はん、紹介するわ蘭堂遼伽、わいの仲間や」
遼伽を指差して、紹介する海王。
「蘭堂骨董品店の跡取の遼伽ってものだけど、よろしくな」
自分の名刺を渡す遼伽。
「それよりも、この姉ちゃん近くの病院まで運んでくれへんか?」
「どうした、具合でも悪いのか?」
「実はな・・・・」
訳を話す海王。
「なるほど、そうだったのか」
事情を聞いて納得する遼伽。
「そういうわけだから、わいはその黒虎を追うんで、後頼むわ」
「ねえ、私は後回しで言いからさ、その人の車でその黒虎追いかけた方がいいんじゃない、ってのは素人考えかな?」
舞佳の言葉に、二人はそろって手を叩く。どうやら気がつかなかったようだ・・・。
妙なところで抜けているのは、いい勝負だ。
「あんた達って、一体・・・」
そのお間抜けぶりに、あきれ返る舞佳だった。
『いうな・・・』
頭を抱えてつらそうに呟く<相棒>だった・・・。

「どうやら奴は中央公園に向かったようだな」
車の中で警察無線を再度傍受して、場所を確認する海王。
「しかし、あの似非神父、やっぱり生きてやがったか」
忌々しそうに呟く遼伽。遼伽はかつて海王と共にある一件に関わり、そのときにあの似非神父が裏で糸を引いていたのだ・・・・。企み自体は阻止したが、逃げられてしまった。
「ああっ、おかげで俺は入試に遅れるところだった」
『時間を間違えたのはお前だろうが・・・・』
海王の言葉に、横から口をはさむ<相棒>。
「ところでさ、一つ聞いていい?」
後ろの席から身を乗り出して尋ねる舞佳。
「なんや、舞佳はん?」
「俺の住所と電話番号でも聞きたいの、イヤー参るなぁ」
それぞれ別のことを、同時に舞佳の方を振り向く二人。
『前見て運転しろ、遼伽・・』
呆れた顔になる<相棒>。
「いや、そうじゃなくてね。さっきなんで殴った訳?」
遼伽の言葉をあっさり否定して、疑問を口にする舞佳。
「ああ、あれね」
途端に渋い顔になる遼伽。
「こいつと知り合ったのは二年前にあるごたごたに関わってからなんだけどさ」
話を切り出す遼伽。以来、一年の間行動を共にしてきたのだと言う・・・。
「ふんふん」
遼伽の話に頷く舞佳。
「そのごたごたの決着をつけるために、俺とこいつはある場所へ乗り込んだんだよ」
その時を思い出しながら、遼伽が感慨深くつぶやいた。立ちふさがる敵を苦戦の末、次々と退け、海王と遼伽は敵のボスが待ち受ける場所へ向かった。そして、ボスは激闘の果てに自滅してしまった。
「それで?」
「ところがだ脱出する時になって、敵に囲まれちまってな。しかも俺は怪我でろくに動けなかった。でっ、こいつはそのときどうしたと思う?」
じろっと海王を見る遼伽。
当の海王は目をそらして誤魔化そうとしている。
「もしかして、一人だけ逃げたとか?」
「まさか」
首を振る遼伽。
「でしょうね、おおかた、貴方だけを無理やり先に行かせて、自分は残って敵を食い止めた、そんな所でしょうねぇ・・・」
舞佳が海王が一番やりそうな事を連想してみた。
「ご名答」
不機嫌な顔で答える遼伽。
「しゃーないやろ、あの時はあれしかなかったんやから」
「だったら、生きてたら生きてたで、連絡くらいしろ、この大馬鹿野郎。どれだけ心配したと思ってるんだよ」
一年間、消息が知れなくて心配していたのだから、怒るのも無理はない。
「それはすまんな、本当に・・・・・」
ばつが悪そうにそっぽを向く海王。
『まあ、こればっかりはお前が悪いな』
<相棒>が人の悪い笑いを浮かべて言った。
「おおっと、そんな事を言ってる間に、もうすぐ中央公園だぜ」
周りの景色を見て、気分を切り替える遼伽。
「ホントか、何処だ奴は!!」
黒虎を目で追う海王。

「着いたわよ!」
惠が中央公園のグランドで車を急停止させる。
「よっしゃ、後は任せて!」
銃を手に降りる温子。
黒虎の方も少し遅れて、後を付いて来る。
「さあ、かかってらっしゃい・・・」
安全装置を外し、車を背に身構える温子。
温子を見て、けん制する態度を取る黒虎。
しばしにらみ合いが続く。
「何者なの、あの刑事さん?」
温子と黒虎のやり取りを見て、呆気に取られる琴子。
「あれでも、敏腕刑事なのよ、彼女は」
惠があれでもを強調して、説明する。しかし、今までの行動を見て、信じろと言うのが無理な注文だ・・。
「へえ、そうなんですか」
素直に感心する光。
「ちょっと違うような気がする・・・・・」
いくら敏腕刑事でも、虎と互角にやりあうなんて出来ないわよ・・・・。琴子は心の中でそう思った・・・。
「いつまで遊んでいる、やれ・・」
千里眼で見てた似非神父が黒虎に命令する。それを受けて、黒虎が温子に襲い掛かった。
「こいつ」
引き金を引こうとするが、それより早く黒虎が銃を弾き飛ばした。
「あっ!」
「いけない!」
万事休す、誰もがそう思った。その時である・・・、
「フライパン戦刀術・鰹節の桜吹雪!!」
間一髪、海王のフライパンが黒虎に炸裂した。勿論、温子を助けるためではない。
「海王君!!」
喜びの声を上げる光。
「プッツン刑事はともかく、ようも光をいじめてくれたな、このお返しはしっかりとさせてもらうで」
黒虎に向かって啖呵をきる海王。
「ちょっと、それどういう意味よ!!」
後ろで温子が不服そうなかおをする。
「ミサイルが直撃しても死なん奴が、虎に襲われた程度で死ぬかい!!」
温子に怒鳴る海王。
「み、ミサイル!?」
人間か本当に?と思わざるを得ない琴子。
「一応、そういうことになってるわよ」
琴子の心が読めるのか、そう答える惠。
「どうして・・・」
「考えてる事がわかるのかって? 簡単よ、私も何度となくそう思った事があるからよ」
しみじみと頷いて言う惠。さらにつづけて、
「なにしろ、普通の刑事としての訓練受けただけの人間が、爆弾の爆発や、ビルの事故の下敷きになったりしても、無傷でいるんだから、信じられないわよねえ、ホントに」
遠い目で説明する惠。常人離れした面々が、軽くない怪我を負う事も珍しくない状況で、彼女はかすり傷程度か、もしくは無傷だと澄まして語る惠。琴子はそれを聞いて、ますます開いた口がふさがらなかった。
(もしかして、とんでもないのと関わったようね・・・)
今更だが、目の前が真っ暗になる琴子だった。
「さて、覚悟はええか?」
フライパンに竜の紋様を浮かび上がらせる海王。しかし、黒虎はフッと鵜方を消してしまった。
「しまった、逃げられた!」
舌打ちして強くフライパンを握り締める海王。
『まあ、連中の企みは防げたんだし、よいではないか』
と、<相棒>がなだめるように言った。。
「そうだな・・・」
海王は不承不承、頷いている。彼にとっては敵を倒すのではなく、光を守り通せたのだから、勝ったと言っても過言ではないが、結局手のひらで踊っていただけである。
「海王君」
パトカーから出てきた光が声をかけてきた。
「おう光、無事やったか」
彼女の方に駆け寄る海王。
「うん、それより凄かったね、さっきの」
「あんなん大した事ないわ」
光の賞讃に、海王は手をパタパタ振って答えた。
「そんな事ないよ、凄くかっこよかったよ」
えへへと笑いながら光。まあ、彼女にとっては海王が助けに来てくれたという事だけで十分うれしい事なのだが…・。それから、意を決したように海王を見て、
「ねえ海王君?」
なにやら話しにくそうに、尋ねる光。
「何や?」
「これから暇?」
上目遣いに海王を見る彼女の表情はとても犬チックだった・・。
「これから?」
光の言いたい事がわからず、きょとんとする海王。
「うん、映画見に行かない?」
そう問われて、海王はちらりと遼伽の車の方を見ると、その場所には姿も形もなかった。
『遼伽なら、お前が飛び出してから、さっさと病院行ったぞ』
<相棒>が答えた。おそらくそのついでに、舞佳を口説く気だろう。朴念仁の海王と違って、遼伽は結構手は早いのだ、振られてばっかりだが・・・。
「いいか」
と、呟く海王。今度舞佳に会ったら、どういう結果になったか聞いて、振られたら思いっきり笑ってやろうと、決意するのだった。
「どうしたの?」
海王を怪訝そうに見る光。
「いや、なんでもない。じゃあ行こうか」
笑いをこらえる海王。
「そうだね、海王君が変なのはいつもの事だし」
あっさり納得する光。背中では<相棒>が爆笑していた。
「ちょーっと待った」
二人の前に立ちはだかる温子。
「もしかして、やる気か?」
戦闘態勢に入ろうとする海王。
「違うわよ、調書を取らなきゃいけないから、署まで来てほしいのよ」
その言葉に目を丸くする海王。
「何か言いたそうね」
「あんたの口から、はじめて刑事らしい事聞いた気がするわ」
しみじみと呟く海王。どうもこの女刑事からは、破壊のイメージしか出てこないのだ、分かる気はするが…・。
「気持ちはわかるわね・・・」
「ちょっと、あんたらそれじゃまるで、私がまともな刑事じゃないみたいじゃなの!」
失礼な、と怒る温子。しかし、破壊活動か銃をぶっ放す以外のことは余りやってないので、
それ見られても仕方がない。
「違うのか」
「とにかく、署まで来てもらうわよ」
海王たちを連れて行こうとする温子だが・・・、
「まったく、自分が一人身だからって、若い二人の邪魔をする事はないでしょうが・・」
惠が温子を引っ張って、車に乗せた。
「ちょっと、調書はどうするのよ!?」
「どうせ、本当の事はかけないんだから、でっち上げるしかないでしょ」
とんでもないことをさらりと言って,自分も運転席に乗り込む惠。そして、
「あっ、そうそう、友達の子は家まで送っといてあげるから、気にしないでいいわよ」
「そうもらえませんか・・・」
気を利かせたというよりは、疲れたという感じの琴子だった。
「大丈夫?」
「といいたいところだけどね・・・」
と答えて、海王の方を見る琴子。
「少しは見直したけど、光を泣かせるような事したら容赦しないわよ」
親指を立てて、手を逆さにして首を掻き切る仕草をするのだった。
「じゃ、いきましょうか」
それだけ言うと、さっさと車を出して行ってしまったのだった。
「まったく、すっかり勘違いしていきやがったな、あいつら」
走り去っていく車を見送りながら,やれやれとぼやく海王。どうも、海王と光の事を恋人と思ってしまったようだ。そう見えても仕方ない面もあるが・・。
「私は嬉しいけど」
小声でいう光。もちろん海王には聞こえない。
「何か言ったか?」
光に聞き返す海王。まあ、朴念仁だから仕方がない・・・。
「ううん、何も。それより早くしないと、最後の上映始まっちゃうよ」
と、海王の手を引っ張って、光は走り出した。

「一体何者なの、あの男も、貴方たちも?」
車が動き出してから、琴子はポツリとそう尋ねた。
「うーん、美人で有能な刑事さんってところかな」
温子が臆面もなく答えた。
「美人で有能な刑事は、もっと物事をスマートに解決すると思うけど・・・・」
「そうよねえ、少なくとも何かすれば、建物が木っ端微塵に壊れるなんて事はないわよね」
琴子の言葉に、恵美がウンウンと頷いた。その表情にはやたらと悲哀が漂っている。
(この人の相棒をやってたら、苦労はしそうよね・・・)
心の中で恵美に同情する琴子。
「でっ、あの男は何者なの? あの常識を無視した言動といい、あさってどころか、来年ぐらいまで飛んでそうな感性とか・・・」
いいながら、ため息を覚える琴子。考えれば考えるほど謎が深まる気がしたからだ。
「確かに一時期行動を共にしていたけど、ここ一年ほどはあってないし、私達の知ってる事も大した事じゃないのよね、あいつの事は」
「上から貰った資料に書いてあったことも、断片的でしかなかったし、私達が教えれる事もたかが知れてるわよ」
温子の言葉を、恵美が補うように続けて言う。
「それでも教えてもらえないかしら」
「・・・わかったわ、でも結局は貴方が自分で確かめるしかないのよ」
温子の言葉に琴子は無言で頷いた。
(光は無条件で彼を信用しているけど、結局7年前のイメージのままでしか彼を見てないもの、何かあって、光が泣いてからじゃ遅すぎるものね。光の代わりに私がしっかりと見極めないと・・・)
琴子は、温子の言葉を聞きながら、決意を新たにするのであった・・・。

所変わってどこかの研究施設・・・。
「やれやれ、次の幕が開くまでに、痛手を負わせようとしたが、うまくは行かなかったみたいだね」
回収した黒虎とディルを治療用のカプセルの中に入れると、独り言を呟く似非神父。
「まあ、彼が大事なものを守りながらどこまでやり通せるか、見届けるのも一つのやり方かもね・・・・、けっして楽な道ではないだろうし、そうやって傷ついていくのもまた一興と言う訳だね…」
と、似非神父の笑い声が部屋中に木霊した・・・。
 

                           続く

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