「朝起きたら、窓に目つきの悪いコアラが張り付いているってのは、シュールだな」
海王は窓一面に張り付いている目つきの悪いコアラを見て、独りごちたのだった。
『どういう感性をしとるんだ、お前の両親は?』
机の上に置いてあるノートパソコン、つまり〈相棒〉が始末に困ったような表情で尋ねた。
「というより、お袋の趣味だろうな、これは」
海王は大きなため息をつくと、ベッドから起き上がった。海王の母親はパッと見がへんなモノをこよなく愛する変わった趣味の持ち主で、このコアラたちも、隣町の動物園で増えすぎて処置に困っていたのを譲り受けたのだという・・・・。余談ではあるが、前にひびきの市に住んでいた頃は隣に住んでいた幼馴染がそれのとばっちりをもろに受けていたのである……。
『まあ、普通の感性の持ち主じゃあ、お前の知り合いはつとまらんからな』
〈相棒〉が海王の話を笑い飛ばす。
「それをいったら、お前が一番変なやつになるんじゃないか?」
ひびきの高校の制服に着替えながら、〈相棒〉の言葉の痛いところを突く海王。ちなみに、
ひびきの市を引っ越してから七年、海王と一番付き合いの長いのが、他ならぬこの〈相棒〉だったりするのだ。(他にも一緒に旅した人間はいたのであるが、事故ではぐれたりして、それっきりの人間が多い……)
『うっ、嫌なこと言うやつだな、お前は……』
「お前の言葉通りに解釈すれば、そうなるぜ・・・」
〈相棒〉の抗議に、けろりとした顔で答える海王。その一言に言葉を詰まらせる〈相棒〉。
『ほんとに口の減らんやつだな』
「そりゃ、鍛えられてますから」
『・・・・・・・そうだな』
両手を上げる仕草をする海王。一瞬、思い出したくない面々の顔が頭に浮かび、動きが停止する。それは〈相棒〉も同じだったらしく、少し間を置いてから気まずげに返事をした。
『それはともかく、もう行くのか?』
〈相棒〉が自分のボディに内蔵している時計を見て、海王に尋ねた。ちなみにまだ七時を少し過ぎたばかり、ひびきの高校までは徒歩で十五分、入学式の受付開始時間までは十分余裕がある。
「ああっ、うちの食卓じゃ、どんなトラップが仕掛けているかわからないからな、罠を解除しながら、飯作ってたんじゃ時間がなくなるから、駅前で何か食べてから学校に行くことにするよ」
『それもそうだな……』
新築されたばかりの剣家には防犯用のトラップがわんさと仕掛けられており、昨夜家についた海王は、自分の部屋までこれを解除しながら進む羽目になったのである……。
「じゃっ、おとなしく留守番してろよ」
『おい、ちょっとまて』
それだけ言うと、部屋を出て行こうとする海王を〈相棒〉が呼び止める。
「なんだ、一人で留守番するのはさびしいのか?」
『ええいっ、3、4歳のガキじゃあるまいし、んなわけないだろう!』
力いっぱい否定する〈相棒〉。しかし、目つきが悪いコアラが庭にうじゃうじゃいるような家で、一人(?)で留守番、というのは、結構嫌かもしれない……。
「じゃ、なんなんだ?」
『お前、例の光とか言う子の所に顔出さなくていいのか? 結局、春休みも連絡できず終いだっただろ?』
「そうだな、んじゃ、駅に行くついでに光の家に寄って、顔を出すとするか」
〈相棒〉の言葉に、海王はあごに手を当ててから、二三秒考え込む仕草をしてから答えた。
『それはいいが、場所はわかるのか?』
心配そうな顔をする〈相棒〉。どうやら俺を連れて行け、と暗にいっているようである。
「おいおい、オレは昔この町に住んでいたんだぜ、場所はよーく覚えているよ」
〈相棒〉の心配など何処吹く風、脳天気に笑う海王。
『ほほうっ、そう言って昨日さんざんっぱら迷ったのは何処の誰だ?』
〈相棒〉が白い目で海王を見る。よっぽど、コアラたちと留守番するのは嫌なようだ。
「ははははははっ、じゃあ、行ってくるから」
〈相棒〉の言葉を笑ってごまかすと、海王はそそくさと部屋を出て行った。〈相棒〉が後ろで何やら叫んでいたが、多分、絶対、間違い無く、気のせいであろう。
「確か、このあたりよね」
バイト番長は、昨日海王に教えた住所の家に向かっている最中だった。
といっても、朝飯をたかりに行くわけではない。彼女達番長四天王の上に君臨する総番長の言伝をしに行くためだ。
「まったく、薫ちゃんも一度言い出したら、聞き分けが無いんだから」
子分達の前では絶対に口にしない愛称を口にしながらぼやくバイト番長。
何処で耳にしたのか、彼ら四天王が海王に敗れたのを総番長が耳に入れたらしく、海王に勝負を挑むと言い出したのだ。しかし、海王が只者でない事をよーく知っている〈第1話参照の事〉バイト番長は、下手に事を構えると却ってやばいと言う事を懇々と総番長に言って聞かせたのだが、聞く耳を持たず、海王の住所らしきものを知っているバイト番長がこうして、海王の家に向かっていると言うわけである。
「あの少年の性格から考えて、絶対あの家に間違いないわね」
昨夜は、この春新築された家を三つか四つ海王に教えたバイト番長であるが、少年の家はだいたい目星がついていた。新築されたばかりだが、宅配屋仲間の間では、既に鬼門とされている家である。家人がどういう神経をしているのか知らないが、隣町の動物園で増えすぎて持て余していた目つきの悪いコアラを譲り受け、庭に放しているのだ。荷物を渡しに行くと、必ずその目つきの悪いコアラたちが近寄ってくるのだから、たまったものではない……。彼の尋常でない性格とどこか通じるものを感じるのは、絶対に彼女の気のせいだけではないだろう。
「今の時間なら、もう起きてるわよね」
などと呟いていると、噂をすれば何とやらで、海王の姿が前に見えるではないか。
バイト番長は懐から獲物のヨーヨーを取り出して、海王めがけて投げつけた。
「光のやつ、駅なんかに何しに行ったんだろうな」
全然、自覚の無い事を呟きながら、海王は駅への道を急いでいった。数年ぶりに陽の下家を訪ね、懐かしそうに自分を見る光の母親の話によると、光は友達と一緒にひびきの駅に行っていると言うのだ。
「ホント、突拍子も無い事をするところは変わってないな」
そりゃ、お前の事だろうが……、と〈相棒〉がいたら必ずや突っ込みが入りそうな台詞を言いながら、海王が駅への道を急いでいると……。
「捜したよ、少年」
声とともに、銀色のヨーヨーが海王の足元に飛んできた。
「あ、あんたは!?」
ヨーヨーが戻っていった先にいる人物、つまりバイト番長を見て、驚きの声を上げる海王。
「ふふふ、覚えていてくれたとは、光栄だね」
「誰だっけ?」
海王の言葉に、思わずずっこけるバイト番長。
「あんたねぇ、昨日、道教えてあげたでしょうが!!!」
声を荒げるバイト番長。
「やだなあ、冗談に決まってるじゃないか」
にこやかに笑う海王。が、顔は笑っていないように見えた。
「あんたが言うと、冗談に聞こえないんだよ」
鼻息の荒く呟くバイト番長。ここで下手なことを口走ろうものなら、きっと総番長と戦う前に、肉塊になる事間違いなしだ。
「でっ、何のようです」
「ふん、まあいい。うちの総番長があんたに用があるんだとさ」
懐から総番長の挑戦状を取り出し、海王に投げ渡すバイト番長。
「総番長? はて、そんな知り合いいたっけかな?」
首をかしげてしばし考えるが、結局心当たりが浮かばない海王。
「あんた、昨日うちの連中とさんざんっぱらやりあったの、もう忘れたのかい?」
呆れた顔で海王を見るバイト番長。
「あああああっ、あの愉快な連中ね?」
手をポンと叩いて、ようやく思い出す海王。しかし、こいつにそんなこと言われたら、それこそ、立つ瀬が無いだろう……。
「とにかく、その愉快な連中の仇を討ちたい、って言うんでね、総番長の果たし状を預かってきたわけさ」
どっと疲労感にさいなまれるバイト番長。やはり、この少年から感じた危険性は間違ってなかったようである……。
「ふうん、わざわざご苦労な事だね」
果たし状をめくりながら、淡々と呟く海王。
「あんたに果たし状持ってきた私はもっとご苦労だよ・・・」
海王に聞こえない大きさの声で、そっと呟くバイト番長。
「じゃあさ、一回家に戻っていいかな?」
バイト番長に果たし状を返すと、海王は自分の格好を見下ろしながら言った。
「いいけど、どうしてまた?」
「やっぱり、入学式早々制服台無しにするわけに行かないでしょ」
「来たか……」
河原で仁王立ちをして待っていた総番長が、海王の姿を見るなり、そう言った。
「総番長、連れて来ましたよ」
海王を指差すバイト番長。彼女の後ろから、忍者をイメージさせるデザインの黒装束を身につけた海王があらわれた。
「ほう、随分と気合が入っているな」
「そうでもないさ、今日は入学式なんでね、学校行く前に制服汚すわけには行かないだろ?」
総番長の言葉に、おどけて答える海王。
「では始めようか」
一歩前へ出る総番長。
「悪いけど、これ預かっててくれない?」
通学鞄と、制服、そして〈相棒〉が入った袋をバイト番長に預ける海王。
『さっさとすませろよ』
つまらなそうに袋の中から声をかける〈相棒〉。
「じゃあ、勝負は八時までの三十分勝負ということで」
木枯らし番長が木刀を振り上げる。試合開始の合図のようだ。
「袖竜!!」
両手から竜の形をした〈気〉の力を放つ総番長。
「なんの!!」
フライパンを取り出し、袖竜を洗いにする海王。ちなみに、念のため言っておくがフライパンでは洗いを作る事は出来ない。
「だったらこれはどうだ!」
ありったけの力をこめて、気孔波を放つ総番長。
「一刀両だ・・・・・」
フライパンで叩き落そうとするが、フライパンが手から滑り落ちた。
「今だ、袖竜!!」
その隙を逃す総番長ではない、すかさず二発目を放つ。
「やべっ!!」
あわてて避けようとする海王。しかし何を思ったか、フライパンを拾いに行こうとする。
「何を考えてやがる、あの小僧?」
フライパンを取りに行けば、袖竜が間違いなく直撃する。どう考えてもそれは明らかで、普通は避けるか、出来るだけダメージを小さくしようとするものだが、海王はそれをせずに、フライパンを拾いに行く方を選んだのである。
「何か策でもあるのか、あの男?」
「わからない、袖竜、破れる筈が無い」
固唾を飲んで、海王の行動に注目する火の玉、木枯らし、筋肉の三番長。しかし、バイト番長だけは、海王の意図を完全に見抜いていた。
(あいつ、わざと当たる気だな・・・・)
最初から袖竜をどうこうするつもりはないのだ、というよりはこの一戦、勝つつもりもなく、わざと負ける気でいるのだろう。何しろ、五千円もの大金を賽銭箱に投げて、平凡な学生生活を祈願していたのである。ここで番長グループに勝てば、それを実現する可能性はますます低くなる。そう思ったのだろう。
「ああっ、袖竜が命中したぜ!!」
火の玉番長の声で我に返ったバイト番長は、袖竜で大ダメージを受けているであろう海王の方に、視線を向けた。がっ、海王の姿を見て、彼らは驚きの声を上げた。袖竜は間違いなく直撃したのに、無傷だったからだ。
『こうなると思ったよ……』
ただ一人、この展開を予想できていた〈相棒〉がやれやれ、と呟く。
「やべえな、つい、やっちまったよ」
思わず袖竜を相殺してしまった海王は舌打ちをする。バイト番長の睨んだとおり、わざと袖竜に当たるつもりだった海王だったが、自然と体が防御の姿勢をとってしまい、彼の得意技を使ってしまったと言う訳である。
「さすがに、四天王を倒した腕は伊達ではないと言う事か……」
嬉しそうに唇をゆがめる総番長。
「いや、それは単なる買い被り……」
あわてて海王が弁明を行ったが、総番長は全然聞く耳を持たない。
「男の意地にかけて、負けるわけにはいけねえ!!」
ますます本気になる総番長。闘気で大きくなっているように見える。
「だーかーらー、本気にならなくていいんですってば!!」
しかし、この叫びも総番長には届かない。その時である。
「ちょっと、あんた達、そこでなにやってるの!?」
たまたま近くを通りがかったパトカーから怒声が聞こえてきた。
「ラッキー、これで勝負をうやむやに出来る」
と、喜んだのもつかの間、パトカーから降りてきた女性は知ってる顔で、しかも出来れば会いたくない人間のものであった……。
「こらあ、あんた達、なによってたかって、何一人の人間……、ってあんたは!!」
どうやらむこうも海王の事に気が付いたみたいである。
「あちゃあ、まずいな」
頭を押さえて舌打ちする海王。
「どうした、来ないならこっちから行くぞ!!」
状況に全然気が付かない総番長が急き立てる。
「だから、今それどころじゃないんだってば、あんたらも早く逃げろって!!」
「ふっ、怖気づいたか? 」
「そうじゃないって、いや、そうでもいいんだけどさ、あの女刑事がしゃしゃり出てきたら、勝負どころじゃないんだよ」
いつの間にか機関銃を取り出している女刑事を指差し、海王は力説した。
「この期に及んで何を言う、金茶子鷹!!」
闘気でバージョンアップした番長の必殺技が繰り出される。
「ちったあ人の話を聞けええ!!」
『それはお前だろう……』
金茶子鷹を避けつつ、力の限り叫ぶ海王に、説得力のある突込みを入れる〈相棒〉。
「ぎゃあああああああ!!」
狙いをそれた金茶子鷹は、女刑事に命中する。
「あちゃあ、やっちゃったよ」
この後の惨状を予想し、頭を抱える海王。
「ふっふっふ、私に喧嘩を売ろうなんて、いい度胸ね」
これまた何故か無傷だった女刑事が機関銃の安全装置を解除しながら、不敵に笑った。
言っておくが、彼女は海王のように技を使って相殺するような真似は一切していない。
「おい、あんたら早く逃げた方がいいぜ、命が惜しかったらな」
ため息をついて、忠告する海王。
「何言っている、たかだか機関銃を持った女性一人に、何を大げさな」
苦笑する木枯らし番長。が、彼は知らない、その機関銃をもった女性が、一部の連中からは死神と同義語に扱われ、やたらと恐れられている事を……。ついでにいうと、海王も似たような扱いを受けているが。
「分かれって言う方が無理か……」
肩を落として、がっくりとしている海王をよそに、女刑事が引き金に手を当てる音が聞こえる。
「そんなに恐ろしいのかい」
バイト番長だけが海王の言葉に耳を傾けた。
「ああっ、あれに比べれば、人がいっぱいいる歩行者天国の地面に核兵器のスイッチ置くほうがよっぽど安全かな」
遠い目をして、物騒なことをさらりという海王。
「なるほど、よおくわかったわ……」
何故か納得するバイト番長は子分たちを安全な所へ非難するように指示する。
「ふっ、二人まとめて、始末してくれるわ!!」
横での、海王とバイト番長のやりとりに、気が付いていない総番長は次の金茶子鷹を撃とうと、海王に照準をあてる。しかし、女刑事が引き金を引くほうがもっと早かった。
「金茶こだ……かぁぁぁぁぁ!!!!」
技を放つより先に、機銃掃射にさらされる総番長。
「ったく、銃持つと、見境なくすんだからな、あの女は……」
やれやれとため息をつきながら、フライパンを強く握り締める海王。
「ちょっと、どうする気?」
バイト番長が怪訝そうに尋ねる。
「どうするって、決ってるでしょうが……」
無言でパトカーの方を指差す海王。
「ちょっと、そりゃあ無茶ってモノよ……」
慌てて制止するが、海王は耳を貸さずにパトカーめがけて走っていく。
「まったく、どうしてこう危険人物ばかり俺の周りに現れるんだろうな」
銃弾の洪水の中を掻い潜りながらぼやく海王。
『そりゃ、お前が一番の危険人物だからだろうが……』
<相棒>が海王に聞こえないように小声でぼやいた。
「ほほお、フライパン一つで、この私に逆らおうなんて、相変わらずいい度胸してるじゃない、ライトニングデストロイヤー……」
パトカーの助手席に乗っている女刑事がうれしそうに呟く。
「これは何を言っても無駄ね・・・」
パトカーを運転していた女性は、大きなため息をついた。そうしている間にも、海王の姿はどんどんパトカーに近づいてきている。
「何で、一発もあたらなのよぉ!!」
「あんたの射撃の腕が下手だからよ……」
剥きになって機関銃を乱射する女刑事の横で、冷ややかに突っ込みを入れる相棒の女性。
二人がそんなやり取りをしている間に、海王はあっという間に女刑事の真横に現れ、
「フライパン戦刀術・お好み焼きの三回転宙返り!!」
振り上げたフライパンで機関銃を弾き飛ばし、ついでに女刑事の頭をどついた。
「いったーい、女性に向かって何すんのよ!!」
頭を抱えて、涙声になる女刑事。
「「『こういうときだけか弱い女性になるなよ……』」」
海王と<相棒>、そして女刑事とコンビを組んでいた相方の女刑事、彼女との付き合いが長い三人が、同時に声をハモらせる。
最も、彼女を知らない人間でも、機関銃をぶっ放す女性をか弱いとは言わないだろう・・・。
「なによー、それじゃあ私がか弱くないみたいじゃないの!!」
女刑事の叫びに、海王と合い方の刑事が首を縦に振った。
「もー許さないんだから!!」
女刑事は相方を跳ね飛ばして、自分が運転席に座ると、ハンドルの辺りにあったボタンを押した、するとパトカーの両脇からは機関銃、そしてフロントからはミサイルランチャー、
そしてガトリングガンといった銃器類が現れ、武装パトカーへと変化したのであった。
「おいおい、ここは日本だぞ……」
呆気にとられる火の玉番長。
「あのプッツン刑事にゃ、常識は通用しないって」
いつもの事なので、大して驚きもしない海王。しかし、こういう事に慣れきっていると言うのも、それはそれで問題があるのではないかと思うが……。
『お前もな……』
哀愁を漂わせて、<相棒>がボソッと言った。もちろん海王に聞こえないように……。
「ふっ、相手にとって不足はねえ、どっからでもかかって……ごふっ!!」
「そういうことは人間相手にやってくれ、頼むから……」
武装パトカー相手に金茶子鷹を放とうとした総番長をフライパンで気絶させる海王。
「人間って、まるで地球外生命体みたいなあつかいね・・・」
「そっちの方がなんぼかましだ」
バイト番長の言葉に、肩をすくめる海王。
「そこを動くんじゃないわよ!! ライトニングデストロイヤー!!」
武装パトカーが海王めがけて突進してくる。
「こりゃ、逃げた方がいいか」
総番長を筋肉番長のいる方へ投げ渡す海王。
「あんたらも早く逃げた方がいいぜ」
荷物一式が入った袋を手にすると、海王は踵を返して走り出す。
「てめえ、ちょっとまちやがれ!」
後を追いかけようとする番長グループの面々、しかし……、
「待てえ〜、逃がしはしないわよ!」
その大半が、海王を追いかけて行った武装パトカーに蹴散らされてしまうのだった……。
「な、なんだったんだ、一体……」
「さあ……」
首をかしげる筋肉番長と木枯らし番長。
「どうする、九段下?」
気絶した総番長と、河原一面に倒れている下っ端の不良たちをあごで指し示して、バイト番長こと、九段下舞佳に問い掛ける火の玉番長。
「とりあえず、桜田門と神田で薫ちゃんをひびきの高校までつれてって、四ツ谷、あんたはそこでのびてる連中の事頼むわ……」
サングラスを取りながら、頭痛そうに指示を出す舞佳。
「それはいいけど九段下、おまえはどうするんだ?」
「あたし、あたしはあの少年の方何とかするわ、ほっとく訳にも行かないし」
乾いた笑いを浮かべて、海王と武装パトカーが走り去っていった方を見る舞佳。
「どうしたの、光ちゃん?」
一瞬、辺りをキョロキョロと見回す光に怪訝そうに問い掛ける麻生華澄。彼女はこの日、大学の近くの下宿先に帰る予定で、電車の時間まで光に付き合おうと、こうして一緒にいるわけである……。
「あれ、今海王ちゃんの声が聞こえたような」
首をかしげる光。
「奇遇ね、私も知り合いの声が聞こえた気がしたのよね」
光の言葉に頷く華澄。そんな二人を引きつった顔で水無月琴子が見ている。
「もしかして、今、ものすごいスピードで過ぎ去っていったパトカーに追いかけられていた連中がそうなんじゃ……」
引きつった笑いと共にいうが、光と華澄の耳には届かなかった。
当然、時間ぎりぎりになっても「海王ちゃん」は現れなかったことだけは確かである。
その日、私立きらめき高校に入学する剣海王は寝過ごしてしまい、大慌てで学校への道を急いでいた。ちなみに彼は本編の主人公・剣海王とは完全なる同姓同名の赤の他人で、何の関係もないのである。念のため。ついでに同じ名前だと、ややこしいので、同時登場する時は本編の主人公の海王をその2、この海王の方をその1としておこう。
「まったく詩織のやつ、一体何しに俺の部屋まで上がってきたんだ?」
とぼやきながら先を急ぐ海王(その1)。ちなみに、詩織は彼の部屋まで起こしに来たのであるが、中学校の時のクラスメート(勿論?女の子)の名前を寝言で言ってたのを見て、彼を張り倒してさっさと行ってしまったのである。
「ホント、最近詩織のやつ、怒りっぽいよな」
腕を組みながらうんうん頷くか海王(その1)。しかし、その原因は彼にある事は全く自覚していない・・・。
「むかしはもうちょっと、おっとりしてたのに、変わるもんだね」
やたらじじむさい台詞をはく海王。ちなみにこいつの鈍さはその頃からである。
それより、ちゃんと前見て走った方がいいぞ……。
「えっ、どうしてだよ」
そりゃあ……、
「まちなさーい!!」
「誰が待つかああああ」
こういうのが、すぐ近くまで来ている事を教えようと思ったからだよ。
「そう言う事は早くいえ!!」
叫びながら、機銃掃射で打たれ、パトカーに跳ね飛ばされる海王。自分の世界に入って、聞かなかったのはお前だろうが……。ちなみに、まともに銃弾を喰らっていたりする……。
「なんで、こんな目に……」
地面に叩きつけられながらも気を失わない海王(その1)。そこへ・・、
「ねえ、あなた大丈夫?」
海王と同じ、きらめき高校の制服を来た少女が、海王に声をかけてきた。
「ああっ、こういうことには慣れているから、大丈夫だよ・・・・」
体中血だらけで、喋っているのもやっとの状態で、海王は返事をした。ちなみに、中学時代、やたらもてた幼馴染に振られた連中に、「ふられたのはあいつがいるせいだ」と逆恨み(半分以上あたっているのだが・・・・・・)されて闇討ちされたり、海王に近付く女の子を詩織が闇に葬り去り、その関係者によって闇討ちされたり、詩織をお姉さまと慕う後輩連中に邪魔者として抹殺されかかったりしているうちに、DG細胞並みの回復力を身に付け、
今のような怪我もしばらくたてば、すっかり回復してしまう体質になってしまったのだ。
ちなみに中学の時のあだ名は、カイソンである。
「でも、病院行った方がよくない?」
「大丈夫大丈夫、これぐらい唾付けときゃ治るって……」
立ち上がりながら、体中血まみれになっている彼はにっこり笑った。傍から見るとかなり不気味な光景ではあるが……。
「だめよ、やっぱり病院行かなくちゃ」
と少女は海王の襟首を掴んで、病院に向かって歩き出す。どうも、押しの強い相手にはつくづく弱い海王であった。彼女の名は虹野沙希。
後にサッカー部マネージャーとなり、根性ある人間を見ると力の限り応援する熱血少女だ。ちなみに、この一件で、彼に根性があると見込んだ彼女は、後日、海王(その1)をサッカー部に勧誘し、それで詩織の怒りを買うことになるのだが、それはまた別の話である。
「よし、学校の門が見えてきた、あとは何食わぬ顔で学校に潜り込めば、こっちの物だ!」
私立きらめき高校をみて、勝ち誇る海王。ちなみに<相棒>はというと、すでに突っ込みを入れる気力すら起こらなかったとだけ言っておこう。
「このまま大人しく学校には行かせないわよ、ライトニングデストロイヤー!」
ミサイルランチャーのボタンを押す女刑事。
「ちょっとまてぇ、一般人相手にミサイルを撃つか、普通!?」
女刑事に向かって怒鳴る海王を見て、誰が一般人だ、誰が……、と心の中で呟く<相棒>であった。
「ち、しゃーない、公衆の面前で目立つ事はしたくないんやがなあ」
いつの間にか関西弁に変わっている言葉遣いでぼやきながら、フライパンを取出す海王。
ちなみに、眼が思いっきり据わっている……。どうやら、プッツン刑事の行いに、堪忍袋の緒がきれて、地が出たようだ。
『その関西弁だけで、十分目立つぞ……』
ようやく突っ込む気力を取り戻した<相棒>が口をはさんだ。
「せやけど、こっちの喋りは肩がこって、しゃあないわ!」
ミサイルをフライパンで叩き落す海王。
『お前は元々こっちの生まれじゃなかったか?……』
やっぱりなと言う顔で海王を見る<相棒>。
「そう言うても、日本に帰ってきてからずっと関西弁やったからな、すっかり慣れてしもてな、とりあえず戻ってくるんでこっちの喋りを習得してみたけど、やっぱ関西弁の方が喋りやすいな」
次々とミサイルを叩き落す海王。しかし、一発だけ大きく弧を描いて、学校の中庭に墜落した。
「大変だ―、今のミサイルがレイ様があたったぞー!」
「なに、レイさまを狙ったテロか!?」
何やら大騒ぎになっている。
「なんだか、雲行きがやばそうだな」
『やばそうじゃなくて、十分やばいんじゃないか』
全然緊迫感を感じないやり取りをする海王と<相棒>。が、そうやっているうちに、黒服姿の男たちが海王達を見つけるのだった。
「あー、犯人があそこにいたぞー!」
黒服を来た男が、海王を指差し怒鳴った。
「何でそうなるー!!」
力の限り反論する海王。
「とうとうそこまで落ちたわね、ライトニングデストロイヤー!! せめてもの情けよ、
私がお縄にかけてあげるわ!」
「オメーがやったんだろうが!」
拳をわなわなと震わせて、自覚のない女刑事に向かって力の限り叫ぶ海王。
『どうでもいいが、逃げた方がいいぞ』
海王めがけて向かってくる伊集院家施設軍隊の面々を見て、<相棒>が言った。
「いや、ここは一気にプッツン刑事共々、片付けた方がいいだろう」
そう言って構えた海王のフライパンに、竜の紋様が浮かび上がった。しかも目が据わっている……。
『あれをやる気か……』
「これだけの相手を一気に片付れるいうたら、あれしかないやろ……」
<相棒>の問いに不敵な笑みを浮かべる海王。そう言っている間にも、武装パトカーと
施設軍隊の面々が迫ってくる。
『まだか?』
「まだまだ、もっと近付いてきてからや」
落ち着き払った声で言う海王。
「観念しろ、このテロリスト!!」
「潔く縛につけえ!!」
一斉に海王めがけてなだれ込む施設軍隊の面々。
「これは何かたくらんでるわね・・・」
微動だにしない海王を見て、本能的にやばいと感じた女刑事は車をバックさせようとするが、後から後から沸いてくる施設軍隊の隊員に囲まれて、車が動かない。
『そろそろ、いいのではないか?』
「……だな」
海王は竜の紋が浮かんだフライパンを前に振り上げた。
「へっ、人がせっかく古巣に帰ってきて平和な学園生活送ろうと、希望に胸膨らましとんのに、いちいちいらん横槍入れくさりよって、おまいら全員、耳から手え突っ込んで、奥歯ガタガタ言わしたるでぇ!フライパン戦刀術奥義・満漢全席!!」
その叫びとともに、フライパンから竜の咆哮が木霊し、海王が私設軍隊の隊員たちを次々となぎ倒していく、その姿はまるで破壊神の如き戦い振りである。後に満漢全盛を受けた私設軍隊隊員は、恐怖に顔をゆがまして、「怖かった」と、ただ一言だけ、このときの心境をそう答えたのだという……。
目撃者の証言を照らし合わせて、舞佳がきらめき高校についた時には、校門近くに破壊されたパトカー、気絶している女刑事、辺り一面に倒れている伊集院家私設軍隊の面々があった。
「な、なにがあったの、一体……」
唖然と立ち尽くす舞佳。
「あっ、姉ちゃんやん、どないしたん、こんなところで?」
舞佳に気付いた海王がバリバリの関西弁で、声をかけた。
「逃げるよ、少年!!」
海王の姿を見て、我に返った舞佳は彼の襟首をつかんだ。
「ちょっと姉ちゃん、わてこれから入学式……」
「何いってんの、ここはきらめき高校、あんたがいくのはひびきの高校でしょうが!!」
海王の言葉に、舞佳が悲鳴をあげるような口調で、言い返すと、一目散にきらめき高校を出て行く。その勢いで、襟首引っ張られたままの海王は、持っていたフライパンを落としてしまう。
「あれ、今の人が落としていったのかな、これ……」
海王が落としたフライパンを拾ったのは、入れ違いに入ってきたきらめき高校に入学する方の、剣海王であった。ちなみに怪我の方はスッカリ全快している。
「なんで、フライパン?」
隣にいた沙希が怪訝そうな顔をする。
「さあ……」
と、海王が首をかしげていると……、
「いたぞー、あそこだあ!!」
まだ無事だった私設軍隊の隊員が、フライパンを持った海王(その1)にかけより、手錠をかける。
「レイさまを傷つけて、私設軍隊に刃向かった罪で逮捕する!!」
「えっ!!???」
わけがわからず、面食らう海王。
「本部へ連行しろ!」
両側を屈強な男たちに取り押さえられ、連行される海王(その1)。
「あの、ちょっと……」
いきなりの展開に、沙希は言葉を失って、呆然とするばかりであった。
ちなみに、海王(その1)は無実が立証され、その日のうちに釈放されたが、彼の尋問を担当
した私設軍隊隊員は、軒並み精神的な理由で病院送りにされたと言う事だけ、言っておこう……。
「ここでええわ」
舞佳に車をとめてもらい、ひびきの高校付近でおろしてもらう海王。
「そう、じゃっ、気をつけていきなよ、少年」
「ああっ、おおきにな、姉ちゃん」
手を振って、礼をいう海王。
「まったく、世話が焼ける奴だね、あの少年は……」
海王の後姿を見送りながら、舞佳はそう呟いた。だが、何となく放って置けないのである。
何とかせずに入られない、そう思わせるものが彼にあるのである。
「けど、すっかり入学式終わっちゃったみたいでけど……」
苦笑して時計を見て、舞佳は肝心なことを忘れていた事に気がついた。
「ああーー!! バイト忘れてたーーーーー!!!」
素っ頓狂な叫び声をあげて、あわててバイト先に向かう舞佳であった……。
「やばいなあ、もう入学式終わっとるよな……」
駆け足で校門に向かう海王。
校門から生徒たちが出てくるのが見える。どうやら入学式は終わってしまった様である。
「まっ、職員室に顔だけは出しとこうか」
海王は足の速さを落として、校門をくぐった。
「なんか、道行く連中がみんなこっちを見てるなあ……」
みんなが帰る時間にやって来た上に、ひびきの高校の制服ではなく、黒装束のままの海王に視線が集まるが、海王が入試の時の騒ぎをおこした人間だとわかれば、更に集まる視線は増えたであろうが、入試の時は腰の辺りまであった海王の髪は、春休み中のある事件でばっさりと切っており、加えて入試の時は猫をかぶって標準語を喋っていた。これだけでも、今の海王と雰囲気がずいぶん違っており、入試の騒ぎを起こした張本人と、同一人物と気付いた人間は今のところいないようである。
「さて、職員室を探さんとな」
クラス分けを書いた表は既にはがされており、どっちにしろ、職員室で聞くしかない。
しかし、海王に分かるのは、保健室の場所だけである……。
「まあ、適当に校内をぶらついとったら、そのうち見つかるやろ」
大して気にもせずに、海王は靴箱の方へ向かおうとすると……、
「おい、そこのお前、そんな格好で何をしている!?」
二枚目だが、どこか押しが弱くて女運が悪そうな教師が、海王を呼び止めた。
「えっ、ワイの事でっか?」
間抜け面で振り返る海王。
「ほかに誰がいる・・・・、それに制服は?」
こめかみを抑えて、海王にたずねる教師。
「すんまへん、行きがけにちょいとごたごたがあったもんで、制服汚さんように着がえとったんですけど、その後で制服に着がえるの、忘れとったみたいですわ」
自分の姿を見下ろして、今の自分の格好にようやく気がつく海王だった・・・。
「もしかしてお前、剣海王か?」
切れそうになるのをこらえながら、名前を確かめる教師。
「なんで、ワイの名前を、もしかして、あんさん超能力者でっか!?」
驚きの顔で教師を見る海王。
「な訳あるかいっ、おれはお前の担任になる古三田伸太郎だ!!」
「ああっ、なるほど」
納得して、手をポンと叩く海王。
「全く、入試の時と言い、今日と言い、いい度胸しているじゃないか。どうやら、みっちりお灸を据えた方がよさそうだな、こいっ!!」
と、有無を言わせずに海王の襟首をつかんで、職員室まで引っ張っていく伸太郎。まあ、切れたくなる気持ちもわからないでもないが……。
「すっかり遅くなってもうたな」
海王が校門を出た時には外は雪国……じゃなくてすっかり日が沈んでいた。
結局、伸太郎によってしぼられた後、校長の爆裂山に呼び出され、遅刻の罰として、生徒会副会長に任命されてしまったのだ……。しかも、会長は入試の時にちょっとした関わりのあった赤井ほむらだったりするから、偶然にしては出来すぎという気がした。そして、その後、生徒会のメンバーが揃ったと言う記念だとかで、どんちゃん騒ぎである。何でも主だった生徒会のメンバーは、この春卒業してしまったとかで、書記しか残ってなかったと言うのだから、お笑いである。そんな訳で、ほむらや海王をはじめとする新生徒会メンバー、爆裂山、そして、生徒会顧問の秋村という教師、伸太郎とその腐れ縁の友人・獅子河原で、先ほどまでどんちゃん騒ぎをしていたのである。
「なんや、一癖も二癖もあるような連中ばっかりやったな……、ひびきの高校って、あんなんばっかりなんか、もしかして……」
参加していたメンバーを思い浮かべながら、ため息をつく海王。勿論自分の事は思いっきり棚に上げている……。
『安心しろ、お前も十分只者じゃない、連中と互角以上にやりあえるさ』
「はっはっは、それはよかった……、ってどこがやねん」
思わず、袋から<相棒>を取出して、地面に叩きつけたくなる衝動に駆られる海王だった。
『まったく、私はデリケートなんだからな、もっと丁寧に扱ってくれ』
「やかましい、象がふんでも壊れない上に、あらゆるアクシデントにも絶えられるような構造してるような奴のどこがデリケートや」
ジト目で、<相棒>が入っている袋を睨む海王。
『いや、体は頑丈だが、心はとってもナイーブなのは知ってるだろう』
「ほお、わいに乗り移った時の行動のどこがナイーブなんや? 大抵が暴れる、壊す、突っ走る、どれを取っても、ガサツというような言葉しか浮かんでこうへんように見えるんやけどな」
<相棒>に駄目押しの一言を加える海王。心なしか視線が冷たかったりする……。
『うっ、まあ、それはともかく、なんだ、結局今日は光には会えなかったな』
分が悪いと悟った<相棒>はあわてて話題を変える。
「まあ、あの騒ぎで会える方が奇跡に近い気がするけどな……」
やっかいで、会いたくない、と思っている連中に限って、あっちまう事が会ってもな、と海王は心の中で付け加えたが……。
『そういえば、道はちゃんと覚えているのか?』
「失礼な、そう何度も、同じ間違いはせえへんでぇ。ほれ、ここの角を右に曲がって、ずーっとまっすぐ行けばええんやろうがっ?」
自信たっぷりに海王が前方を指差した。
『まっすぐ進んで三つ目の交差点で右だ、右』
やっぱりな、という顔で海王を見る<相棒>。
「まっ、要はたどり着ければええんや、要は」
『今夜も野宿か・・・・』
笑って誤魔化す海王を横目で見て、今夜の野宿を確信する<相棒>であった。
「じゃかあしい! 今夜は絶対に、たどり着く、絶対にな」
ビッ、と空を指差し断言する海王。が、その言葉に説得力は欠片もなかった。
『昨日もそういって不法侵入するハメになったのはどこのドイツだ』
先ほどのお返しとばかりに、海王の痛いところをつく<相棒>。
「昨日は昨日、今日のわいは一味違う……で……」
そういいかけて、口篭もる海王。
『どうした、また道でも分からなくなったか』
「いや、そんなんやないわ……」
珍しく神妙な顔で答える海王。
『それとも、今朝の番長グループの連中でもお礼参りにでも来たか?』
「それもちゃうな」
『またプッツン刑事が現れたか』
「当たってたら、それはそれでいややけど、幸いにも違うで」
『わかった、この間の連中の残党でも見かけたか』
「それもちゃうわ、お前なあ、どうしてそう、ろくでもない選択肢しか思いつかんのや」
拳を震わせ、<相棒>に向かって叫ぶ海王。
『そうはいってもな、この五年間、そのろくでもない出来事の繰り返しだったろうが』
「ううっ、それをいわんでくれ」
<相棒>の指摘に、ブルーな気分になる海王。あまつさえ、ロシア民謡まで口ずさむ。
『まあ、昔の事はともかくとして、結局、どうしたんだ? 柄にもなくしんみりして』
「いや何、平和やなと思ってな」
あたりを見回し、感慨深く言う海王。
『平和?』
怪訝な顔をする<相棒>。
「だってやな、いきなりどっかの黒服に囲まれて、一悶着する事も無いし」
『似たようなのに、とっ捕まりそうになったのはどこのドイツだ?』
嬉しそうに笑う海王に突っ込みを入れる<相棒>。
「食事中に刺客が襲ってくる事も無いし、ましてや得体の知れないクリーチャーが大挙して追いかけてくる事も無いし、見知らぬ人間に家族の仇とばかりにつけまわされることも無い」
『機関銃ぶっぱなす女刑事はいただろうが』
平穏な日常を満喫しようとする海王に、容赦ない事実を指摘する<相棒>。
「人の揚げ足を取るなよ、お前……」
『誰がなんと言おうが、変わらん事実だろうが……』
ここぞとばかりに意地悪そうに言う<相棒>。
「じゃかあしい!! まあ、お前が口うるさいのも変わらん事実やけどな」
『誰のせいだと思ってるんだ』
すくなくとも、海王が原因の一端を担っている事は確かだろう。
「さあな」
<相棒>の問いに海王はにやりと笑ってはぐらかした。
『なんとか今日中にたどり着けたな』
奇跡だと言わんばかりの口ぶりで、<相棒>が言う。
「そのうち、日本橋のパーツ屋に、二束三文で、売り飛ばしたろか、こいつは・・・」
などと、憎まれ口を叩きながら、門を開ける海王。
『おや、今日はコアラどもが寄ってこないな』
何故だかコアラが苦手な<相棒>がうれしそうに言う。
「そう思わせといて、あとから出てくるかもしれへんで」
驚かすように言う海王。
「え、縁起でもない事言わんでくれ」
「けど、本当にないみたいだな」
庭の木の方を見るが、夜目にも目立つ三白眼が一つも見えない。
「まさか集団脱走したんじゃないだろうな……」
『あいつらならありうるな……』
などと、洒落にならないことを言いながら、玄関に向かうと、なにやらモコモコした巨大な物体が玄関の前に座っていた。
『な、なんだ、これは!?』
「はて、イエティにしては季節はずれだな・・・」
物体を見ても大して驚かない海王。
『驚けよな、少しは』
突っ込みを入れる<相棒>。などとお馬鹿なやり取りをやっていると、物体の目が開いた。
それも一つや二つでなく、無数に。
「イエティじゃなくて、百目だったか」
『ちったあ焦らんかい、お前は』
いたって呑気な海王に、<相棒>が青筋を立てて、叫んだ……。
「驚こうが、落ち着こうが、目の前で起こっている事態に変わらへんやろ……」
ちっちっちと指を振って、力説する海王。
『お前は絶対、世界最後の日でも縁側で、呑気に茶を啜っているタイプだろうな』
力強く確信する<相棒>。
「ケモノ系な考え方をしているとはよく言われるが・・・」
あごに手を当てて、ふむふむと頷く海王。要するに、モノに対する執着心が薄いのだ。
「ん〜、海王ちゃん帰ってきたの〜?」
眠そうな声を出しながら、百目がもそもそと立ち上がる。
「おおっ、女の百目だったのか」
手をポンと叩く海王。
『思いっきり論点がずれてるぞ・・・』
「気のせいだろ」
手に雷光を纏わりつかせる海王。
『それにしても、百目に知り合いがいたとは、お前らしいと言うべきかな』
感心半分、呆れ半分の<相棒>。
「いや、百目じゃないぞ」
例の物体に光を近づける海王。
『じゃあ、何なんだ?』
「コアラの塊だ」
淡々と答える海王にの言葉に、ズルっとずっこける<相棒>。ノートパソコンがどうずっこけるんだ、という突っ込みはなしにしてほしい、あくまで気分の問題である……。
『コアラだとおおおおおおおおおおおお!?』
子供が聞いたら、絶対に泣き喚きたくなるような奇声を上げて驚く<相棒>。
「ああっ、コアラが人に張り付いているだけだ」
問題は、その張り付いている人間が誰か、という事であるが・・・・。
「うう〜、海王ちゃん、どこなの〜」
百目改め、コアラの塊はおぼつかない足取りで、あたりをふらふら歩いている。まあ、体中にコアラが張り付いているのだから、当然と言えば、当然だが……。
「へんだね?、声はするのに姿が見えない〜。ホンにあなたは、きゃ、恥ずかしい♪」
コアラの塊が冗談をかます。寝ぼけていても、それぐらいの余裕はあるようだ。
「もしかして、光か?」
コアラの塊の正体にようやく海王が気付く。
「海王ちゃん、どこなの?」
「お前の目の前だよ」
言いながら海王は、光の顔のあたりに張り付いていたコアラをのけると、そこには七年前に離れ離れになった幼馴染の顔が確かにあった。
「海王ちゃん?」
目の前にいる少年に向かって、光は恐る恐る尋ねた。
「ああっ、せやで」
海王のその言葉を聞くなり、光は海王に抱きついてきた。
「海王ちゃん、おかえり」
光は満面の笑みを浮かべて、その言葉を口にした。
「ただいま」
すっとぼけた表情のまま、海王が言う。
『こういうときに気の聞いた台詞もいえんのか、こいつは』
自分の事は棚に上げて、<相棒>が小声でぼやいた。
「それにしても、ずっと待っとたんか?」
「うん、結局学校が終わっても姿が見えなかったから、こっちで待っていれば必ず来るだろうとおもって……」
海王の問いに、光が遠慮がちに答えた。
「そりゃすまんかったな」
海王はポンと光の肩を叩いて、謝った。
「いいよ、私の事覚えていてくれたから……」
光はうれしそうに言う。
「まっ、ここで立ち話もなんやし、どっかで、飯でも食わへんか、わいが奢るわ」
玄関のドアを開けながら、海王が光に言った。さすがに何があるか分からない台所で、
光に料理を振舞うのには抵抗があったのだろう。
「ホント、嬉しいな」
えへへ、と笑う光。
「……とその前に、」
海王は視線を下にすらした。
「どうしたの?」
「そのコアラたち何とかせんとな……」
海王は相変わらず光に張り付いているコアラ達を見て、苦笑した。
「そうだね……」
つられて光も笑い出す。相変わらず、コアラが張り付いたままではあるが……。
「とりあえず、ちょっと待っててくれ、荷物置いてくるから」
玄関のドアを開ける海王。今朝方、あらかた解除したとはいえ、どこにどんなトラップが残っているか分からないので、光を庭先で待たせたままだが……。
「どういう風の吹き回しや、お前が留守番を買って出るなんて?」
自室の机に<相棒>を置きつつ、不思議そうなかおで尋ねる海王。
『まあ、ゆっくりと旧交を温めてくるんだな、七年ぶりの再会だし。たまにはコアラどもと語らうのも悪くないだろうし』
人の悪い笑みを浮かべて、お前ほど野暮ではないからな、付け足す<相棒>。
「まったく不可解な事を」
やれやれ、と首を振る海王。
『それはお前だろうが……』
「なんのこっちゃ……」
海王は、むきになって反論する<相棒>の台詞を、頬を掻きながら聞き流した。ちなみに、<相棒>のこの台詞、初めてあった時からの彼の口癖である。
『そんな事よりいつまであの子を待たせる気だ?さっさと行け』
「へいへい、そんじゃあコアラどもと仲良くな」
笑いながらドアを閉めて階段を下りていった。
『ふう、世話の焼ける奴だ』
<相棒>は、窓から玄関を出て行く海王と光の姿を見送りながら呟いた。
「さて、どこに行く海王君?」
上機嫌で歩きながら、海王のほうを向く光。
「どこでもええわ、光の好きなところでな」
多少面倒くさそうに答える海王。
「あっ、そんなこと言うと、思いっきり高い店選んじゃうわよ♪」
「おいおい、堪忍してぇな、ホンマ」
困った顔で肩をすくめる海王。
「冗談だよ、けど散々待ったんだから、その埋め合わせはしてもらうよ」
悪戯っ子のような笑顔をする光。
「まあ、こんな夜中まで外で待たせたてしもうたしな」
見当違いのことを言う海王。
「変わってないね、そういうところ」
海王を見て、頭を振る光。月明かりを背にしているので、表情は見えない。
「なんのこっちゃ?」
さっぱり訳がわからない海王。筋金入りの朴念仁である……。
「いいよ、ちゃんと覚えててくれたし、またあえたんだから」
この話はこれでお終い、といわんばかりに表情を変えて、海王の手を取る光。
「じゃっ、行こうか今日はいろいろあって腹が減ってしゃあないんや」
「ねえねえ、これまでの事をいろいろと、じっくりと聞かせてもらおうかな」
と軽く海王の手を光は引っ張った。
「ああっ、ええで時間はたっぷりとあるんやしな」
海王はあっけらかんと答えた。
「じゃあ、行こうよ、美味しいお店があるんだ」
走りだす光。
「おいおい、そんなにいそがんでもええやん……」
光に引っ張られながら、苦笑する海王。
その二人を月明かりが柔らかな光で照らす。旅から戻ってきた少年と、それを迎える少女を祝福するように……。
続く