たとえばこんな主人公

さんだー・すとらいく!!
第一話
 

 空が気持ちいいくらいに晴れ渡った四月某日。九段下舞佳がバイト先のひびきの神社に顔を出すと、なにやら熱心
願い事をしている少年の姿があった。

「こんな朝早くに、よっぽど大切な願い事なのねぇ」

 と、感心しながら社務所に入って行く舞佳。しかし、着替え終わって、三十分ほどしてから外を見ると、まだその少年は何やら祈っていた。

「おいおい、もしかしなくても、なんかやばそうね・・・」
 よくよく観察してみると、少年からただならぬ気迫ようなものすら漂ってきているのが感じられた。これはまずい、と思った舞佳は少年の方に駆け寄っていった。

 只ならぬ雰囲気で願い事をしていた少年、剣海王は別に思いつめている訳ではなかった。
 というのも、数年前にこのひびきの市を引っ越してからと言うもの、あっちこっちの土地を転々としながら、両親とはぐれたり、やたらと妙な騒ぎに巻き込まれるといったことの繰り返しであった。半年ほど前に日本へ戻ってきたものの、それは変わらず、ひびきの市に戻る事が決り、ひびきの高校の入試を受けた時もそうだった。あやうく、試験を受け損ねかけるし、怪我をして保健室で試験を受ける羽目になるなど、さんざんであった。しかも、すぐさまとんぼ返りせねばならなって、春休み中もちょっとした陰謀に巻き込まれ、昨日までそれをぶっ潰すのに、奔走していたのである。ようやく一件落着し、とる物もとりあえず、寝台特急に駆け込み、ひびきのへ向かい、今朝方ようやくひびきの市に着いたのである。
 そして懐かしさのあまり、あっちこっち散策していくうちに神社の近くまでやってきた海王は、どうせなら、とばかりにこれからの高校生活を平穏無事に過ごせるように祈願していこうと思い立ったのが、かれこれ一時間前の事である(つまり、舞佳が来る三十分以上前から拝んでいたのだ)。
 読者諸兄は、なんだか大げさではないだろうかと思われるだろうが、彼のこれまでの、波乱万丈を絵に書いたような七年間を思えば、けっして大げさではない。まあ、ここら辺の事情はいずれ別の機会に語るとして、賽銭箱に五千円を投げ込んで、かれこれ一時間、一心不乱にこれからの平穏を願っていたのだから、そりゃ気迫ぐらい漂わせていてもおかしくないだろう。

「少年、何をそんなに熱心に祈っているのかな、悩み事なら、お姉さんが相談に乗ってあげようじゃないの?」

 無論、そんな事情を知らない(見ただけで分かったら、ある意味恐ろしいが・・・・)舞佳が、海王の肩を叩いて、声をかけてきた。

「何って、日々の無事を祈っているだけだけど・・・」

 やや面食らった顔で、舞佳の問いに答える海王。

「いや、それにしちゃあ、やけに思いつめた顔してたからね・・・・・」
「えっ、そんなに深刻な顔してたのか、おれって?」

 海王の言葉に、舞佳が無言で首を縦に振った。

『なるほど、そこまで願わなきゃいけないほど、程遠い願いと言う訳だな』

 海王の荷物から、小うるさい相棒が、爆笑しながらそう言ってきた。誰もいない時ならともかく、人がいるので反論する訳にも行かず、ジト目で荷物の方を睨む海王。勿論、舞佳の耳には聞こえてないので、変な行動をしてるようにしか見えない。

「よっぽど参っているようね、まあお姉さんでよければ愚痴ぐらい聞いてあげるよ」

 海王の行動を勘違いした舞佳がうんうんと頷く。まあこの場合、無理はないが。

「いや、だから・・・・」
「まあまあ、こんなところで立ち話もなんだし」

 違うと説明しようとするよりも早く、舞佳が海王を社務所に上げた。

「まあいいか・・・・」
 

 それから数時間後・・・・・

「・・・・・とまあ、そういうわけで、おれは何とか九州までたどり着いたわけだよ」

 舞佳に言葉巧みにのせられて(?)、気が付くと、五年に渡る放浪生活を、当り障りない形で脚色しつつ語っていた海王だった。

「それはそれは、大変な旅だったね・・・、でっ、それからどうしたの?」

 予想だにしなかった海王の話に、苦笑しながら相槌をうつ舞佳。まあ、普通こんな嘘のようなホントの話を予想できたり、あっさり受け入れられる人間など、そうそういないが。

「とりあえずまあ、風のうわさを頼りに、それらしい人物のいるらしいところへ・・・・」

 こんな感じで五年の放浪生活の事を語り終わる頃には、すっかり日が暮れていたのだった。

「そりゃ、気迫を込めて、平穏な生活を願いたくもなるわなぁ・・・・」

 話を聞き終わった舞佳は、同情の眼差しで、海王をみて、しみじみと呟いた。

「まあね、けど考えたら・・・・・」

 そういって拳をぎゅっと握り締め、にやりと笑う海王。

「考えたら?」
「俺を散々ぱら振り回してくれた、殺人的まずさを誇る料理しか作らない、脳の中身全部、エンドルフィンしかないんじゃないか、って思いたくなるような、ぷっつん刑事も、虫も殺さないような善人ヅラして、人をろくでもないトラブルに次から次へと巻き込んでくれた偽善者野郎も、頭の配線が全部つけ間違えてるんじゃないかと思いたくなるような犯罪者連中も、此処にはいないんだから、あそこまで気合を入れて願い事をする必要もなかったんだよな、おれってば」
根拠のない自信とともに、勝利の笑いを浮かべる海王。

(そういうこと言ってる時点で、平穏な生活なんて縁がないと思うんだけど・・・・・)

 心の中でそう呟かずにはいられなかった舞佳だが、水を差すのもなんだしと思いかえして、
あえて言わないでおく事にしたのだった・・・・・・。

「よっぽど、ハードな人生送ってんのね・・・・」
「まあ、すっかり慣れちまったけどな。それに過去のことだし」

 舞佳の言葉に、笑って答える海王。どうやら、これまでの波乱万丈な出来事の数々は、 既に過去のものとなっているようである。というよりはそう信じたがっているだけかもしれないが・・・。

(全財産かけてもいいけど、絶対平穏な高校生活送れそうもないわね、この子・・・・)

 平穏な未来を信じて疑わずに、勝利を確信している海王の背中を見ながら、これまで様々なバイトで、いろいろな人間を見てきた舞佳はそう確信するのだった・・・。そして、いうまでもないが、舞佳のこの予言はモノの見事に的中するのである。

「すっかり長居しちまったね」

 すっかり朱から濃紺に染まっている空を見て、殊勝な顔になる海王が立ち上がった。

「いいっていいって、こういう神社は、正月とか、特定のめでたい日以外は、そうたいして参拝客なんて来ないんだから。それに、悩める青少年(?)の力になったんだから、神様も 大目に見てくれるって」

 豪快に笑いながら、舞佳が海王の肩を叩く、と言うよりは、弾き飛ばした。

「それじゃあ、世話になったね、舞佳さん」

 そういうと、海王はズタ袋を担ぎ上げ、さっそうと走り去っていった。

「おうっ、少年も元気でな!」

 舞佳の言葉に、海王は左手をサッと振り上げて答えた。

「強く生きろよ、少年・・」

 おそらく、彼を待ち受けているであろう、怒涛の高校生活の事が容易に想像できる舞佳は、
 海王が見えなくなると、ポツリと呟いた。

「さて、とっくに時間も過ぎているし、帰るかな」

 おおきく背伸びをして、舞佳が独りごちていると・・・・、

「あら舞佳、まだバイト?」
「ああ華澄、いま終わったところ」

 声をかけてきたのは、舞佳の友人の麻生華澄であった。

「今、誰かと一緒にいなかった?」
「ああっ、ちょっと、いやかなり変り種の少年を見送っていたところ」
「変り種?」
「うん、なかなか波乱万丈な人生を送っている少年だったわね」

 と、舞佳がしみじみと頷く。

「へえ、聞きたいわね、その話」
「んじゃ、社務所でお茶でも飲みながら、話そうか」

 と、舞佳達は神社の中へ入っていった。

「しまった、俺とした事が・・・・」

 そのころ、海王は自分が致命的なミスをしていた事にようやく気が付いたのだった。

「新しい家の住所と電話番号、聞くの忘れてたぜ・・・・・」

 めったに使わないアドレス帖をめくりながら、頭をポンッと叩いた。あまりにも間抜けな話である・・・・。

「まあ、ばたばたしてたからなあ・・」

 フっと遠い目をして、昨日までの喧騒を思い浮かべる海王。いくらバタバタしていたとはいえ、普通そんな肝心な事は忘れないと思うが・・・・・。

「いっか、制服は一応持ってるんだし、野宿は慣れてるし・・・・」

 大して気にしてない様子で、海王が笑い飛ばしていると・・・・。

「おうっ、人にぶつかっといて、詫びの一つもなしかい!?」
海王のズタ袋にぶつかった、今時珍しい不良スタイルをした若者が因縁を吹っかけてきた。
「そいつはわるかったな」

 とりあえずそう謝って、その場を後にしようとする海王だったが、当然見逃してくれる訳もなく・・・・、河原へ連れて行かれる羽目になった。もっとも、一分と経たないうちに、 その不良はけんかを仕掛けた相手が悪かったと死ぬほど後悔することになるが・・・。

「くっ、番長様にご報告だ!!」

 海王によってズタボロにされた不良が、負け惜しみの言葉を残して逃げ去っていった。

『まったく、けんかを仕掛けるなら相手の力量ぐらい、ちゃんと見極めろ!!』

 ズタ袋の中の相棒が、不満そうに呟いた。

「おまえがいうなよ、お前が」
『全く、久しぶりに大暴れ出来ると思っていたのに・・・・』
「お前ね、普通の高校生の喧嘩に、伝説の剣がでしゃばってどうする・・・、あれは禁じ手だって自分で言ってただろうが・・・・・」

 呆れた顔で、ズタ袋のほうを見下ろし、海王は言葉を続けた。

「それに、大暴れする機会なんて当分ないんだぜ、何しろ俺は平凡な高校生なんだからな」
己を指差し、自信たっぷりに答える海王。しかし、当の相棒はと言うと、
『そういう台詞が出る時点で、すでに平凡ではないと思うがな・・・』

 諦め切った表情で、海王を見ていたのだった。

「それは昨日までの話だ、これからはそうなるんだよっ!!」

 完全に負け惜しみにしか聞こえない台詞をはく海王。

『それよりどうするのだ? 住所も電話番号もわからないのに?』

 これ以上この話題を続けても無駄だと思ったのか、ズタ袋の中の<相棒>が、別の話題を振ってくる。

「まっ、町を歩いてりゃ、そのうち見つかるだろ。それにひょっこり昔の知り合いに会う事だってありえるだろうし、大丈夫大丈夫!!」

 相棒の心配など、どこ吹く風の海王であった。

『結局いつものパターンじゃないか・・・・』

 一味違うのなら、やり方くらい変えろよ、と突っ込んでやりたい気分であったが、それも無駄でしかない事を、彼は身にしみてよーく分かっていたので、黙っている事にしたのだった。さらにいうと、こういうときほど、昔の知り合いにばったり会うと言った類の幸運は当てにならないと言う事を<相棒>はよーく知っていた。
 しかも、長い放浪生活のせいか、海王は交番に道を聞くと言う選択肢が存在する事を完全に失念しており、それに気が付いたのは、二時間ほどしてからだった。
 
 
 
 
 
 

「遅いなあ・・・・」

 駅前広場の噴水で座ってまつ事半日近く、しかし目的の人物は一向に現れない。

「光、ホントに今日なの?」

 光の友人の、水無月琴子がうんざりした顔で尋ねる。

「うん、そのはずなんだけど・・・・・・」

 さすがに自身がなくなってきたのか、心もとなげな光。
 七年前に引っ越していった幼馴染がこっちに戻ってきて、ひびきの高校を受けると知ったのが、先月。うれしさのあまり、その日は眠れなかった程だ。そして、試験会場で驚かそうと彼の両親に、自分が同じ高校を受けるのを黙っていてもらったのだが、それが仇になったのか、試験会場では見つける事は出来ず、さらにはそれらしき人物が保健室に運ばれたと聞いて、試験が終わるとすぐさま保健室へ行くが、一足違いで、帰った後、おまけに連絡をとろうとすれば、ずっと不在のまま。しかも、それが春休み中ずっとである。そして、先日彼の一家が戻ってきたのだが、当の本人は、やりのこしたことがあるとかで、後から来るのだという・・・・。

「まったく、何やってるのかしらね、そのすっとこどっこいは・・・」

 本日、十数本目の缶の緑茶を啜りながら毒づく琴子。

「きっと、もうすぐ来るよ、だから琴子は帰っていいよ」
「その台詞、もう耳たこよ。それにここまで付き合ったんだから、最後まで付き合うわよ。
 それに、こんな時間まで女の子を待たせるすっとこどっこいを一発ひっぱたかなきゃ気が納まらないしね。」

 腕をぽきぽきと鳴らす琴子。

「琴子、死なない程度にね・・・・・」
「何言ってるの、女の細腕で殴ったくらいで、死ぬ訳ないじゃない」

 済ました顔で笑い飛ばす琴子を、冷や汗交じりで見る光。ちなみに、琴子は合気道の有段者で、この辺りでは適うものなしの強さだったりする。しかし、こういう台詞をいう人種に限って、理不尽なまでに強かったりするのだ。実際。

「そ、そういうことにしとくわね」
「なんか、思いっきり引っかかるいい方ね・・・・」
「そ、そんなことないわよ」

 ジト目で見る琴子から視線をそらしながら、慌てて取り繕う光だった・・・。
 

 さて、当のすっとこどっこいはと言うと・・・・、

「またこの道に出ちまったか」
『誰だ、この辺りは昔住んでたから、道なんか目をつぶっていても、よく分かるっていってた奴は? 私の空耳ではないよな?』

 刺のある言葉を海王に投げかける相棒。

「まあ何だ、ここいら辺も7年より拓けているからな、道を間違えるのも無理はないさ」

 乾いた笑いを浮かべて、誤魔化そうとする海王。

『おや、昔と全然町並みが変わってない、とか言ってたのはどこの誰だ?』
相棒が止めとばかりに、駄目押しの一言を口にする。
「はい、それは私です・・・・」

 相棒の完膚なきまでの言葉の前に、あっさりと敗北を認める海王。

『まっ、お前をおちょくったところで、事態が解決される訳でもなし、早いところ、家を見つけないと野宿する羽目になりかねんからな』
「だったら言うなよ・・・・、お前、最近一段と性格悪くなってないか?」

 背中のズタ袋の中の<相棒>を、恨めしげに睨む海王。

『そりゃ、何かと胃を痛くしてくれる誰かさんがいるからな、これくらいは可愛いものだ』
「あるのか、胃袋?」
お前、剣だろう? と心の中で突っ込む海王。
『気分の問題だ、気にするな』
悪びれもせずに言う<相棒>。とまあ、こんな具合に漫才みたいな会話をしながら、新しい我が家を探していると・・・・・、
「お二人とも、あいつですよ」

 と、聞き覚えのある声がするので振り返ってみると、そこにはやたらガタイのいいのと、血の気の多そうな助っ人を連れてきた先ほどの不良がいた。

「よう、何でもうちの若いのが世話になったそうじゃねえか」

 腕をぽきぽきと鳴らしながら、血の気の多そうな方が声をかけてくる。

「だから、お礼、させてもらう」

 ガタイのいい方が、一つ一つ単語を区切りながら、前へ出る。

「いやあ、礼には及ばないと思うぜ」

 肩をすくめた仕草をして、すっとぼける海王。

「それこそ、失礼と言うものだ、お世話になったら、お返しをしないとな」

 白い歯を覗かせて、血の気が多い方が芝居がかった口調で言った。

「どうやら、見逃してはくれないか・・・」

 残念そうに舌打ちをする海王。

『どこをどうしたら、この場を穏便に済ませられると言う発想が出てくるのだ?』

 違う生き物でも見る目で、相棒が口をはさんだ。

「だめでもともとって言葉もあるだろ」

 お気楽に言う海王。

『そいつは、この場合ちがうんじゃないのか?』

 どう見ても、この場合、平穏無事に済む場面ではない。

「おい、何一人でぶつぶつ言っている!?」
「来ない、ならこっちから、行く」

 そういうや否や、血の気が多いのと、ガタイがいいのは、海王に襲い掛かってきた。

「おいおい、いきなりかよ・・・・」

 などと言いつつ、身構える海王。

『おい、海王。一匹俺に回せ!!』

 ガタイのいい方の張り手をよけつつ、血の気の多い方の火の玉攻撃をブロックしていると、 ズタ袋の中の相棒がそう言ってきた。

「わかった、俺が一人倒してからだぞ」
『いいだろう・・・』

 少し不服そうな口ぶりで、相棒が頷いた。

「さっきから、何を一人でぶつぶつ言っている!!」

 血の気が多い方がどこから持ってきたのか、グランド整備に使うローラーを引きながら襲い掛かってくる。まあ、<相棒>の声は、海王一人にしか聞こえないのだから、無理もない。傍から見たら独りを言う危ない男である・・・・・。

「おいおい、それで轢く気かよ・・・」

 あんなもので轢かれたらひとたまりもない。しかし、言葉とは裏腹に海王は少しも慌てていない。むしろ、それを楽しんでいるようにすら見えた。

「観念したか!?」

 血の気が多い方が海王めがけて加速する。

「誰がそう言った?」

 にやりと笑った次の瞬間、海王は血の気の多い方のすぐ目の前に現れると、蹴りでローラーを真っ二つにし、間髪いれずに血の気の多い方の急所に一撃を決め、気絶させた。

「ひ、火の玉番長がやられるなんて・・・・・」
「あわてるな、まだ、おれ、いる」

 ガタイのいい方が少しも慌てずに、海王のほうへ歩いていく。

『おれのこいつか?』
「さっさと済ませろよ・・・」

 人差し指を額に当て、物憂げに呟く海王。

『安心しろ、一分もあれば十分だ』

 相棒がそう答えると同時に、海王の表情がさっきとは別人のようにがらりと変わった。よくいえば落ち着いた物腰、悪く言えばじじむさそうな表情をしている。

「な、なんだこいつは・・・・?」

いきなりの相手の変化に戸惑う不良。しかし、ガタイのいい方は少しも驚かない。神経が鈍いだけかもしれないが・・・。

「さあ始めようか、私には時間がないのでな」

 言葉とは裏腹に、余裕の表情の海王。口調が別人のようである。

「心配ない、おれ、おまえ、一撃で、倒す」

 最初の一撃よりも強力な張り手が、海王めがけて放たれた。
 
 
 
 
 
 

「ず、随分変わった子ね、その子・・・・」

 舞佳から聞いた海王の話を聞き終わった華澄が、唖然とした顔で言った。まあ、海王が話した内容は、脚色交じりでも、十分聞いた人間を驚かせずにはいられない内容だったのだ。

「でしょ」

 同意を求めるように頷く舞佳。

「・・・・けど、話聞いていると、どッかの誰かを思い出す気がするんだけど・・・?」

 と、頭をひねる華澄。まさか、昔近所に住んでいた男の子のなれの果てとは、気が付かないようである。当然といえば当然だが・・・・。

「気のせいじゃない、それにあんな特殊な知り合いがいたら、すぐに思い浮かぶわよ」

 まあ、あれだけ強烈な人間を忘れる事はそうないのも確かである・・・・。

「それもそうね」

 二人揃って苦笑していると、舞佳の携帯が鳴り出した。

「ちょっと失礼」

 座をはずす舞佳。社務所を出てから電話に出る。

「はいはい、九段下ですが」

 と御気楽な口調で電話に出るが、相手の声を聞くなり、顔つきが変わったのだった。
 
 
 
 
 
 

「せ、戦闘シーンも、ないん、だな・・・」

 別人のようになった海王の喧嘩殺法にあっさり撃沈するガタイのいい方。

「年季が違うんだよ」
『お前に比べたら、だれだって若造だもんな』

 ズタ袋から聞こえてくる声は、さっきまでとは違い、随分と若い少年のものだった。

「勝手に人を爺扱いすな、俺はまだ若い」

 ズタ袋からの声に、真顔で答える海王。

『まあそういうことにしとくよ。それより・・・』
「ああっ、分かっている」

 と、海王が頷くと、二三秒後には、いつもの彼の表情に戻っていた。

「ば、化けものだぁ!!」

 思わず腰を抜かす不良。

「失礼だな、平凡な高校生を捕まえて・・・・」
『まだいうか・・・』

 こちらも元の口調に戻った相棒が、あきれ返った声で異論を言う。

「平凡な高校生が、我々四天王の二人までもを、あっさり撃沈できるとは思えんがな」

 どこからともなく、皮肉っぽい言葉が聞こえてきた。

「どういう意味だ!!」
『どういうも何も、そのまんまだろうが・・・・』

 声のする方へ振り返った海王に、律儀に突っ込む事を忘れない相棒。

「随分と仲間や手下が世話になったようだな」

 痩身で、人斬りを思わせる学ランの男が、ゆらりと歩いてくる。

「あんたもこいつらの仲間か?」
「いかにも俺は番長四天王の一人、木枯らし番長。いざ・・・」
「木刀か、なら俺は・・・」

 と、ズタ袋からフライパンを出す海王。言っておくが例の<相棒>ではない。

「なんの・・・つもりだ?」
「俺の得意技の一つ、フライパン戦刀術だが・・・」
「なっ・・・」

 初めて聞くへんてこな流派の名を聞いて、面食らう木枯らし番長。

「まあ、少々マイナーな流派だけどな」
「『そういう問題か?』」

 木枯らし番長と、<相棒>の声がハモった。無論、木枯らし番長には<相棒>の声は聞こえないので、気がついていないが・・・・・。

「うぬぬ、世の中には、面妖な戦い方をする奴もいたものよ」
「その言い方はないんじゃない?」

 傷ついた表情をする海王。
『誰だってそう思うぞ・・・』

 <相棒>もこればっかりは木枯らし番長の味方であった・・・・。

「いざ、参る!!」

 木刀を真一文字に構え、切りかかってくる木枯らし番長。

「だったら、面妖な剣術の真価、たっぷりと見せてやるぜ」

 不敵な笑いを浮かべて、フライパンを下段に構えて、木枯らし番長に向かっていく。

「そんなお笑い剣術、恐れるに足らず!!」

 海王めがけて渾身の一撃を放つ、だが・・・・、

「フライパン戦刀術、オムレツ返し!!」

 下段から振り上げられたフライパンに、木刀ばかりか、木枯らしの帽子までが真っ二つにされた・・・・・。後日、この後の光景を、不良はこう語った。

「ま、まるで、木枯らし番長の兄貴が、本当にオムレツのように遊ばれていた・・・、あんな恐ろしい光景は初めてだ・・・・」

 それだけ語ると、身を震わせて、何も答えなくなったという・・・・。

「な、なんという、ばかばかしい、それでいて、恐ろしい剣術だ・・・・」

 それだけいうと、木枯らし番長は地面に倒れてしまった。

「これぐらいで驚いてもらっちゃあ困るな、俺の師匠なんか、こいつで軍隊一個師団、秒殺
なんて、お手の物なんだからな」

『やめておけ、それ以上は相手の傷に塩を塗るようなものだぞ・・・』

 心底、木枯らし番長に同情した相棒が、海王の言葉を遮る。

「これで全員かな?」
『だといいがな・・・』

 と、海王がフライパンをズタ袋にしまおうとすると・・・・。

「なるほど、確かに大した大道芸だね」

 と彼の前に、短ラン、サングラス、マスクという重装備をした女性が現れた。はっきり言って、怪しさ大爆発である。

「何が大道芸だ、剣術だ剣術!!」
『大して変わらんと思うぞ・・・・・・』

 人生に疲れたような口ぶりで、呟く<相棒>。無論、海王には届いていない。

「けど、その大道芸に・・・・って、少年じゃない!?」

 海王の顔を見るなり、短ランの女性は素っ頓狂な声をあげて驚く。携帯で、四天王のうち二人がやられたと、助っ人を頼まれてきてみれば、その相手が顔見知りだったのだから、無理もない。

「んっ、どうしたんだ、一体・・・・?」

 さっぱり状況が把握できずに、きょとんとする海王。

『気が付いてないのか、おいおい・・・』

 とっくの昔に短ラン姿の女性の正体に気付いている<相棒>が、ガクッと肩を落とす。

「気が付いてないならそれでよし、私の名はバイト番長、けっして巫女さん姿がプリティな、どっかのプロのアルバイターじゃないわよ」

 と、動転して、うっかり自分の口走っている(自称)バイト番長。

『自分で正体ばらすなよ・・・・』

 もはやどうでもよくなってきた<相棒>であった・・・。

「何者だ、一体?」

 そして、全然気が付いてない男がここに一名・・・。

「少年、恨みはないけど、あたしのヨーヨーの露となってもらうわよ!!」

 と、一時期巷に出回っていた、某漫画の主人公が使っていたデザインのヨーヨー(原作者
未公認)を取り出し、ついでに桜の大紋まで見せるバイト番長。

「なぜにヨーヨー?」

 某漫画を知らない海王は、面食らうばかりであった・・・・。

「ふっふっふ、私のヨーヨー裁き、とくと・・・」

 バイト番長がそういいかけたとき、バイト番長の携帯がけたたましく鳴り響いた。

「はい、わたしですが・・・」

 と、応対するバイト番長。

「たく、無粋だな・・・・」

 しかし、不意をつくのもなんなので、律儀に待っている海王であった。

「えっ、今からですか? 勿論大丈夫ですけど」

 会話から察するに、急なバイトが入ったようである。

「しかしバイト番長って、どッかであった気がするんだけど・・・・」
『まだ気付いてないのか・・・・』

 と、バイト番長に感じた既視感に頭をひねらせる海王を、遠い目で見る相棒。

「はいわかりました、すぐ向かいますので」

 そういって電話を切ると、海王のほうへ向き直るバイト番長。

「話は終わったのか?」

 いつの間にか某義姉印のくつろぎセットでくつろいでいた海王が、バイト番長を見る。

「少年、悪いが、急なバイ・・・、いや用が入ったので、この勝負、なかったことにしてくれない?」
「別にかまわないが・・・」
「ラッキー、そういってくれると助かるわ」

 と、地の声で喜ぶバイト番長。しかし、海王は全然気がついていない・・・。

「じゃ、そういうことで・・・」
「あっ、ちょっと待った!!」

 と、立ち去ろうとするバイト番町を引き止める海王。

「んっ、何かな少年?もしかして私にほれたか?」
「いや、それはどうでもいいんだけど・・・・・」
「ちぇ、つまんないの・・・」

 ちょっとばかり残念そうな顔をするバイト番長。

「道教えてくんない?」
「道?」
「ああっ、この町で最近建ったばっかりの家のある場所知らない?」
「ああっ、それなら・・・」

 と、バイト番長は心当たりのある家を何軒か教えた。

「じゃ、そういうことで、あたしは急ぐから」

 それだけ言うと、バイト番長は去っていった。
 その後姿を見送りながら、海王はポツリと、

「誰かに似ている気がするんだがな、バイト番長って・・・」

 首を捻るのであった。<相棒>はと言うと、突っ込みを入れる気力もなかったようである・・・。
 
 
 
 
 
 

「光、もう帰りましょ」
「ええ、でも・・・」

 琴子の言葉に、あきらめきれない光が、口篭もる。

「終電が終わってからもう何分経つと思っているのよ、これ以上はいくら待っても同じよ」

 光を諭すように話し掛ける琴子。

「うん、わかったわよ・・・・」

 琴子の言葉に頷きつつ、それでも未練がましくホームの方をちらりと見る光。

「しょうがないわね、んじゃ明日の始発でくるかもしれないし、その時刻にここで待っときましょう」
この一軒に関しては、普通に説得しても埒があかないのはよく分かっている琴子は、妥協案を光に出した。
「うん、わかった」

 しぶしぶ頷く光。

「じゃっ、帰りましょうか」

 と歩き出す琴子。光もその後についていく。しかし皮肉な事に、それから五分ほどして、 道に迷った海王が駅前に現れたのである・・・・。

「ありゃ、おかしいな・・・・」

 舞・・・、もといバイト番長に渡された地図に従って歩いてきたはずだが、全然別の方向に出てしまったのだ・・・・。

『また道を間違えたか?』

 いつもの事なので、大して驚かない<相棒>。

「おかしいな、確かにこの方角のはずなんだけど・・・・」

 首をかしげながら、地図を見る海王。ちなみに上下逆になっている事に全然気がつかない。

『これは野宿かな・・・・』

 諦めている<相棒>。

「えーい、だまってろ!!絶対に今夜中に我が家へたどり着いてやる!!!」

 と、歩き出す海王。またもや方向が違っている事に気がついていない。

『あきらめた方が賢明だぞ・・・・』

 しかし、その声は海王の耳には入っていなかった・・・。
 
 
 
 
 
 

「あれっ?」
「どうしたの、光?」

 ふいに立ち止まった光の方を向く琴子。

「今、海王ちゃんの声が聞こえたような気が・・・」
「幻聴よ、会いたい会いたい、って思っているから、聞こえた気になるのよ・・・・」

 ややうんざりした顔で言う琴子。しかし、その時光が聞いたのは、紛れもなく海王の声だったのだ。なにしろ、海王がちょっと走れば、すぐ追いつく地点に彼女たちはいたので、海王の声が聞こえてもおかしくはないのだ。もっとも、彼女たちは、当然それを知る由もないが・・・・。
 
 
 
 
 
 

「ううっ、まさか入学式前に母校に忍び込む羽目になるとはな」

 ひびきの高校の校門前にたたずみながら、毒づく海王。校門には、海王が激突した後が、 生々しく残っている。最も血痕だけは消し去ったようであるが。

『考えてみれば、ここか市役所のコンピューターに潜り込んで、住所を調べると言う手もあったのだよな・・・』

 <相棒>が物騒な事を口にする。<相棒>の能力を持ってすれば、簡単な事ではある。

「あのな、おれはもう平凡な高校生なんだから、そういう手荒な真似はしないんだよ」

 と、塀を飛び越えながら、口をはさむ海王。しかし、深夜の学校への不法侵入も、十分犯罪だと思うのだが・・・・。まあ、これくらいは平凡な高校生がよくやるので気にしてないのであろうか?

「取り合えず、屋上へ行くか・・・」

 海王は非常階段を最上階まで上がって、そこから軽くジャンプして、屋上へ着地した。

「ここなら見つかりにくいだろ」

 と、海王はズタ袋を床に下ろして、中から防寒用の外套を取出した。

『日本に来る前を思い出すな』

 携帯用コンロを使って湯を沸かしていると、相棒が苦笑しながらそう言った。それまでは、こういう風に、野宿して夜を明かす事が日常茶飯事で、常に神経を尖らせていなければならなかった日々が、嘘のようである。

「そうだな、それまでは、ずっとこんな風に野宿するのが当たり前だったからな」

 コーヒーを入れながら、海王はかつての日々の事を思い浮かべた。
 ひびきの市を出てから土地から土地を転転とする生活の繰り返し。10歳の時に知った
 父親の素性、そして何故このような生活を繰り返さねばならないのかという理由も。
 だが、それは自らの無力さを思い知らされただけだった。強く、強くなりたい。ただそれだけを願った。そして両親とはぐれ、異国の地を一人さすらっていた頃に出会った一人の女性。彼女の強さに魅入られた海王は、その熱意に負けた彼女に弟子入りし、そして力を手に入れた。しかし、師は彼に<相棒>を預けるとひょっこりと姿を消した。そして、それはこれまでとは比べ物にならないほどの激闘の日々の始まりだったのだ・・・・。

「ホント、嘘のように穏やかだよな」

 海王が珈琲を口にしながら、微苦笑していると、

「中々、美味しそうな珈琲だのう、わしにも一杯もらえんか?」
「ええっ、かまいませんよ」

 後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには袴姿の老人が立っていた。

「こ、校長先生・・・・・」

 一度見たら忘れる事の出来ない、ひびきの高校校長が、そこに立っていた。

「確か君は、うちの学校に入学する剣海王ではないかな?」

 海王の顔を見るなり、名前を言い当てる校長。海王は無言で首を縦に振る。

「一介の入学生の顔をよくご存知で・・・・」

 珈琲を注ぎながら、乾いた笑みを浮かべる海王。

「わしは生徒の顔を全員覚えておるし、ましてや入試であれだけ派手な事をすれば、いやでも覚えるぞ」

 豪快に笑う校長の言葉に、海王は恐縮するしかなかった。まあ、あれだけの事をすれば、当然と言えば、当然ではあるが・・・・。

「ところで家出ではなさそうだが、入学式の前日にこんなところで何をしているのだ?」
「実は・・・」

 と、海王は道に迷って、ここで野宿する事になったいきさつを話したのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それは散々じゃったな」

 職員室。明日、新入生に配られる生徒名簿を調べながら、苦笑する校長。

「ここならこれ以上、道に迷う事はないと思いましてね・・・」

 そっけなく答える海王。別の所で野宿したら、ここに来るまでに何かしら騒ぎに巻き込まれるような気がしたのだ。これまでの経験からして。そう言ったことの積み重ねが、海王の平凡な生活への憧れを強くしていくのは無理もない事である。

「おう、これじゃこれじゃ・・・・」

 目的の電話番号を見つけ、ダイヤルを回す。

「あー、もしもし、私ひびきの高校の校長の、爆裂山と申しますが・・・」

 電話がつながり、自分の名を名乗るが、十秒もしないうちに電話を切ると、海王のほうに向き直り、ポンッと肩を叩く。

「もしかして、温泉にでも行ってるっていう留守電でも入ってたんですか?」

 大して驚かずに、海王は聞き返す。校長はばつが悪そうに頷いた。

「まったく、あの両親は・・・」

 数年間、はぐれていた海王がしっかりとやっていたのに安心したのか、海王の両親は、すっかり放任主義になってしまったのだ。入学式までには来るとふんで、荷解きが終わると、さっさと温泉旅行に出かけたのだろう・・・・。

「うーむ、留守電には陽ノ下さんのところによろしくお願いしていると言っておったが、 もうこんな深夜だしのう・・・・」
「とりあえず、家の住所教えてもらえますか?」

 あまりにも両親らしい行動に、ただただ海王は苦笑するしかなかった。

「ああっ、こんな夜だし、わしが車で送っていってやろう」     

 咳払いをして、校長が提案する。

「いや、歩いて帰れますよ」

 校長の申し出を断ろうとする海王だったが、

「まあまあ、人の好意はおとなしく受けておくものじゃよ」

 という一言に押し切られ、校長に送られてようやく新しい我が家に到着した時には、一時を過ぎていた。

                        
                               続く(?)
 
 
 
 
 
 
 

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