デパートの1階装飾品売り場、外はみぞれ交じりのお天気、平日の夕刻ということもあり、売り子さんは手持ち無沙汰にしていて、明るい店内のそこの部分だけポカッとした空気が漂っている。手許を照らす作業灯がイタリア人、それも貝殻細工を実演するナポリ人を浮かび上がらせていた。
「日本はどう?」と傍らで声をかけると作業している手を止めて、少し見上げる角度でこちらに顔を向ける。自分よりひと回りか、ひと回り半は年長と見受けられる、いかにも老練なカメオ職人は、掛けられた言葉が母国語ということもあって、興味深そうに眼を合わせた。
「日本は好きだよ、気に入ってる。」有名な百貨店の名前を挙げ、そこの催しに誘われ、日本には何度も来ている。地方都市の名前をいくつかあげて、あちこち旅していることや、この店は今日が最終日で、明日からは別の町へ行き、その後ナポリへ帰る予定だという。
「食べ物はどう?」と話題を変えると、私は行ったこともない町の名前をあげ、自分の気に入った食事処を数えるように話し出して、「この近くでいい所はあるの?」と尋ねると、「あるある、いい所がある。」と、ひときわ、声のトーンが上がって、仕事用の彫刻刀で作業台に線を引きながら、すぐ近くにあるイタリアレストランの名前を教えてくれた。若い夫婦が商っていて、子供が4人いること、秋には郊外にピザ屋を出すことや、値段は高くないこともそうだが、うまそうに説明してくれる料理名が自分の好みと似ているので、話している2人とも相好くずれていった。
近くのショーケースを覗き込んでいる私の家族に声を掛け紹介すると、イタリアではありきたりな息子の名前に反応するカメオ職人の表情は、ナポリの自分の工房に居るときと同じものになっていたと思う。
仕事の邪魔をしたことに謝辞し、握手してその場を離れるが、日頃、家族にイタリア旅行をせがまれ、いつか、と思ってはいても、なかなか果たせずにいる自分にしてみれば、つかの間のひと時だったが、ナポリの街角に迷い込んだ気分にひたっていた。
身なりや家族連れということもあってか、装飾金物を店員にすすめられることもなく、商業都市のデパートを後にしたが、冷え込みが少し増し、車のワイパーは忙しくなごり雪をかき分け、家路を辿る。
「アリバート エ ザンパノ!」「ザンパノがやって来たぞ!」映画「道」の中で女優ジュリエッタ マシーナ扮する、ジェルソミーナの表情、姿が、暗くなった景色の向こう、フロントウィンドゥ越しに映っている。
出掛けに県境の橋を渡るとき、今年1番の燕の群れが寒空の中を無数に河原の上を飛び交っていた。時期を間違えて早く着いてしまったのじゃないの。と、つまらぬ心配をしてみたけど、あの燕はもっと北の地域まで渡って行く途中だったのだろう。
思いがけないカメオ職人との出会いと、古い映画の中に出てくる旅する大道芸人ザンパノ親方、かすかに自分の中にも残る、微妙な共通するニュアンスも薄れかけてきていると思っていたのに、意外と時代は、その頃と同じ場面に戻ってきているのかもしれない。
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