ストーブに溜まった灰をかき出し、煙突も外せる箇所は外して煤を取り除く。季節感の薄れている昨今だが、師走ともなると習慣で薪ストーブに火を入れる。マッチを擦って、うまく煙突の先から煙が立ちのぼると、冬が始まったことを実感する。
クリスマスソングがしきりと流れるようになっても乾燥したお天気は続き、強い季節風も吹かなければ、朝夕の冷え込みもゆるく感じる年が続いている。
ほとんど忘れていて、収納したままになっていたバイクを、ストーブの手入れをするのと同じ気持ちでいじり始めた。主要な部分は埃よけの布が被せてあり、プラスチックのパーツはビニール袋で保護したつもりだったが、発売されてから20年近く経つ機関のあちこちには錆が浮き始めていて、塗装も当初の艶を失いかけている。
点火プラグを外して、ギアを3速に入れて後輪をゆっくり回してみた、ポコポコと単気筒2サイクルエンジンのピストンが上下する音が聞こえてくる。ゆっくりと後輪を空回りさせて、抵抗の無いことを確かめる。
点火プラグをキャップに差し込んでシリンダーヘッドに接触させ、スイッチを入れスターターキックを踏みおろす。火花がパチパチと飛ぶのを見て、バッテリーに充填液を注ぎ、充電器につなぐ。
空になっていたタンクに、2サイクルエンジンオイルを満たし、新しいガソリンを入れたタンクのコックを開くとキャブレターの下につながるパイプからガソリンが滴り落ちてくる。あわててコックを閉じて、あちこちのネジをいくつも外して、キャブレター本体を取り出す。未知の領域。
しっかりと固着した部品の数々、詰まった針穴と、錆のような堆積物。洗浄、清掃して組み立て、取り付ける。同じ作業を取り外す部品を増やしながら3回繰り返すと、キャブレターの役割を果たす部品になったらしく、燃料漏れは止まった。
チョークレバーを引き、空キックを何度も繰り返し、プラグ穴に指をあて、湿った指先からガソリンの混じった空気の匂いをかぐ、適正な混合気か判断できないが、点火プラグで栓をしてスイッチを捻り、2、3回のキックスタートでエンジンは永い眠りから眼を覚ます。低い回転域でのくぐもった排気音と、エンジン内に付着していた古いオイルの燃えかすが交じる排気で周囲が白く澱む。
エンジンを止めて、前輪に取り付けられているうまく作動しないディスクブレーキの部品の1つを外すが、油圧作動の仕組みをほとんど理解していない自分に気づいて、そっと元の状態に戻すと、ブレーキレバーの根元近くの小さいカップのキャップをこじ開ける。黒く汚れ、劣化したブレーキフルードがいかにも原因は私ですといった顔をのぞかせている。
見当のつくエンジン冷却水と、ミッションオイルは新しいものと入れ替え、前輪のブレーキだけが支障をきたしていた。
随分と前に読んだ雑誌に四輪自動車のブレーキオイル抜き装置の簡単な作り方が載っていたのを思い出して、30cm位の長さの細いゴムホースの先に重りとなるボルトを差込み、その少し上の部分にカッターナイフで小さいスリットを入れるとそれはでき上がる。重りとなっている方を空のペットボトルに差し込み、反対の口をブレーキシステムの下のニップルを緩めてつなぐ。
ブレーキレバーを握ったり離したり繰り返していると上のカップの油量が減って、汚れた油がペットボトルに溜まるのが見えるのと一緒に動きもスムーズになってくる。空気がブレーキホースの中に入らないように油を注ぎ足して左右のブレーキが均等に作動するようになったのを確かめてから、ブレーキ系統の油を栓と蓋で密閉する。
バッテリーを搭載してから、緊張した面持ちでエンジンをかける、少しぐずついた反応だが、アクセルを開け、低めの回転に押えたまま、保安部品、灯火器類の作動を確認する、クラッチを切ったりつないだりして3速あたりまで変速しながら後輪に動力も伝えてみる。
1度に行った作業ではないが、楽しい時間も日数も必要だった。車体の外装も磨いて、役場の税務課へ2種原動機付自転車の許可証の発行を求めにいくと、17年前のバイクということで、受付の人には怪訝な顔をされたが、ピンク色した新しいナンバープレートを出してくれて、それを持っての帰り道に保険の手続きも済ませる。
試走してブレーキの調整が済むと、エンジンの回転計が5000〜6000の間で変速するとストレスの少ない吹け上がりをすることも解かる。回転計のレッドゾーンは1万500回転に印されているので慣らしが済むまでの通常走行をするには調度よいエンジン回転域のように感じる。
ストーブの中で薪のはぜる音がして、赤いポットに湯も沸いている。ホーローカップにインスタントコーヒーを溶かしていると、雪景色になりかけた窓の外には年末の挨拶を交わす人達の姿が見える。
バイクに乗り始めた頃、東京の放送局から発信されて、携帯ラジオにしきりと流れ聴こえてきた、メアリー・ホプキンの「悲しき天使」深夜放送のリクエスト番組が残っていたら、今1番聴きたい曲だ。Adoriatico、アドリア海と名づけられた少し古いバイクを磨くとき、軽快にそれを疾駆させるとき、自分だけかもしれないけれど頭の中でBGMに選曲しているのは、ピアノの前奏曲で始まるあの歌声。
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