目的地 八ヶ岳赤岳主稜 登山期間 04年1月10〜11日

参加者 宮脇、森田

先発隊は9日移動で、10日から入山。宮脇、森田は、仕事熱心なため、1日遅れの10日移動となった。10日は美濃戸山荘駐車場でビールを飲んで23:30ごろ車中就寝。

11日は3:00起床、4:00出発。出来れば先発隊に合流したく早く出る。途中、道に迷い、アイスクライミングゲレンデに向かったり、雉撃ちしたりで時間ロスをし、結局、6:30行者小屋となる。

連休のため、行者小屋は混雑、文三郎尾根を見上げて見ると、アリの行列にあぜん。まっ、今日中に行者小屋へ戻れればいいやと焦らず登攀の支度をし、出発するが、アリの行列に時間を喰う。7:45主稜取付ではすでに10人くらい待っていた。宮脇さんが「熊谷山旅会いますか?」と尋ねるとちょうど登攀開始中でした。追いついて何となく安心する。しかし、取付から1時間くらい停滞し、後ろにいたパーティーは次々と敗退、1ピッチ目は雪が少ないためか、チムニーに挟まっているチョックストーンの下をくぐるようにして登る。特に難しくは無いが、腰を痛めそう。2ピッチ目のビレー点でまたも、30〜40分停滞。2ピッチ目、3ピッチ目はミックスから雪稜、4,5,6ピッチ目は雪の少ないリッジから雪壁へと移るが、各ピッチでやはり、数十分〜1時間停滞。7ピッチ目がこのルートの核心の様であるが、特に難しくは無かった。ここで、1時間半停滞。14:00ごろになり、日没が迫り、不安になる。昨年9月の一の倉2ルンゼのビバークが頭を過ぎる。風も出てきて、かなり寒くなり、宮脇さんは「このまま、夜になったら、どうする?」と不吉な質問をするし、まーたこんなところでビバークかと半分泣きそうな気分だった。

おーっと!半泣きして停滞していると、後ろのガイド登山が挨拶もせずに勝手に先へ行きやがった。石でも投げてやろうかと思ったが止めた。待っていて辛いのはお互い様だ!しかし、お客様が心配だったのだろう。許してやるか。8、9ピッチ目を攀じり、16:00明るいうちに、稜線に抜けホットする。17:00行者小屋でラーメンを食べながら、翌日の予定の検討会を始めたが、2人とも、今日の停滞でモチベーションが下がってしまいその日に帰ることにする。結局、夜行日帰りに変更決定。暗いなか、若い頃の宮脇さんの得意技(今も若い?)カモシカ山行で下山し、20:00駐車場着、途中、食事をし、24:00勤労会館着。やれやれ!お疲れさまでした。