河上肇年譜及び著述目録

       経済学大綱(昭和三年発行)巻末から引用
河上肇年譜(記憶に基づく自記)

明治十二年(一八七九年)十月二十日
 山口縣岩國町に生まる。父は河上忠、母は同姓河上家より
 來たり、名は田鶴。後に暢輔、左京の兩弟生まる。
明治三十一年(一八九三年)
 山口高等學校を卒へて東京帝國大學法科大學政治科に入學
 す。
明治三十五年(一九〇二年)
 大學を卒業す。大塚秀子と結婚し、後に長男政男、長女靜
 子、次女芳子を擧ぐ。
明治三十六年(一九〇三年)
 東京帝國大學農科大學實科講師となり、その後、専修學
 校、臺灣協會専門學校、學習院等の講師を兼ぬ。
明治三十八年(一九〇五年)
 千山萬水樓主人の名をもつて『讀賣新聞』に『社會主義評
 論』を連載す。意外に世間の注意を惹き、新聞紙の發行部
 數を揄チするに至る。
 同年十二月右『社會主義評論』を中途にて擱筆し、一切の
 ヘ職を辭して、伊藤證信氏の無我苑に入る。今でいへば、
 西田天香氏の一燈園のやうなものである。當時はまだ學士
 の肩書の値打があつた頃であるから、このことは更に世間
 の注意を惹き、俄に有名になつた。當時『萬朝報』の記者
 が『例の才人河上肇が云々』と書いたことは今でも記憶し
 てゐるが、しかし意識的に賣名を目的として此の擧に出た
 ものではない。實は一所懸命でやつたことだ。雪の降り積
 もる眞夜半に巣鴨の大日堂に歸つて、ぬれた洋服を着たま
 ま、布團もなしに寢た當時の元氣は、今思ひ起すと羨まし
 くなる。
 間もなく『讀賣新聞』の記者となる。
明治三十九年(一九〇六年)
 『讀賣新聞』に『人生の歸趣』を連載
明治四十年(一九〇七年)
 新聞社を退き、新たに雑誌『日本經濟雑誌』を創刊す。田
 口卯吉博士の創刊された『東京經濟雑誌』の自由貿易論に
 對抗して保護政策を主張せんためである。
明治四十一年(一九〇八年)
 九月京都帝國大學法科大學講師となつて東京より京都に移
 住す。
明治四十二年(一九〇九年)
 京都帝國大學助ヘ授となる。
大正二年(一九一三年)
 初冬ヨーロツパに留學す。
大正三年(一九一四年)
 ベルリンにて世界戦争の勃發に際會す。留學中は『大阪朝
 日』に通信文を寄稿す。それらは後に『祖國を顧みて』に
 收める。留學中、博士會の推薦により法學博士の學位を受
 く。
大正四年(一九一五年)
 初春歸朝、ヘ授に任ぜらる。
大正十二年(一九二三年)
 四月祖母に分かる。祖母享年九十六。幼時その恩を蒙るこ
 と甚だ多し、すなはち『祖母の追憶』を『我等』に寄す。
大正十四年(一九二五年)
 三月長女靜子京大助ヘ授酎コ工學士に嫁す。
大正十五年(一九二六年)
 一月『學生事件』のため家宅捜索を受く。これより以後、
 内外事端漸くしげし。
大正十五年(一九二六年)
 九月長男政男を喪ふ。明治四十三年末に心臓に病を得てよ
 り、しばしば大患にかゝり、百方治療の術を講ぜしも效を
 奏せず、享年二十四にして遂に逝く。職を辭して江湖に放
 浪せんとするの意しきりに動きたれども、遂に果さず。
昭和二年(一九二七年)
 四月父に分かる。享年八十。郷里に葬る。父は著者の書き
 たるものの一切についての綿密なる保存者であり愛讀者で
 あつたが、これより以後そのたよりを失ふ。
 十二月『マルクス主義講座』の講演のため七ケ年目に東京
 に旅行す。
昭和三年(一九二八年)
 四月京都帝國大學ヘ授を辭す。辭表提出の翌日『辭職理由
 書』を一般の新聞紙に發表し、二三日の後『大學を辭する
 に臨みて』の一文を『京都帝國大學新聞』に寄す。


河上肇著述目録(著者の手許に存せざるものの刊行時期は推定による。)

一、『經濟學上の根本問題』
    明治三十六年頃刊行(?)
二、セーリングマン原著『歴史の經濟的説明 新史觀』翻譯、
    明治三十八年刊行
三、『社會主義評論』
    明治三十九年刊行
四、『日本農政學』
    明治三十九年刊行
五、『日本尊農論』
    明治三十九年頃刊行(?)
六、フグナア原著『經濟原論』(書名不確)翻譯
    明治三十九年頃刊行(?)
七、『人生の歸趣』
    明治三十九年刊行
八、『經濟學原論』上卷
    明治四十年刊行
九、『人類原始の生活』
    明治四十二年刊行
10、ピエルナン原著『價値論』(河田嗣郎氏と共譯)
    明治四十二年頃刊行(?)
11、『經濟學の根本概念』『經濟全書』に收む)
    明治四十三年刊行
12、フェタア原著『物財の價値』抄譯
    明治四十四年刊行
13、『經濟と人生』
    明治四十四年刊行
14、『時勢之變』
    明治四十四年刊行
15、フイシヤア原著『資本及利子歩合』抄譯
    明治四十五年刊行
16、『金と信用と物價』
    大正二年刊行
17、ファイト原著『唯心的個人主義』抄譯
    大正二年刊行
18、『經濟學研究』
    大正二年刊行
19、『經濟原論』
    大正二年刊行
20、『祖国を顧みて』
    大正四年刊行
21、『法制經濟ヘ科書』(佐々木惣一氏と共著)
    大正五年刊行
22、『貧乏物語』
    大正六年刊行
23、『如何に生活すべきか』翻譯
    大正六年刊行
24、『社會問題管見』
    大正七年刊行
25、『社會問題研究』
    大正八年一月第一册刊行以來今日に至るまで續刊、
    册數八十餘册に上ぼる。
26、『近世經濟思想史論』
    大正九年刊行
27、『唯物史觀研究』
    大正十年刊行
28、マルクス原著『賃勞働と資本』翻譯
    大正十年刊行
29、マルクス原著『勞賃、利潤および價格』翻譯
    大正十年刊行
30、『社會組織と社會革命』
    大正十一年刊行
31、『唯物史觀略解』
    大正十一年刊行
32、『資本主義經濟學の史的發展』
    大正十二年刊行
33、『資本論略解』(第一卷第三分册)
    大正十四年刊行
34、『階級闘争の必然性とその必然的轉化』
    大正十五年刊行
35、『レーニンの辯證法』翻譯
    大正十五年刊行
36、『人口問題批判』
    昭和二年刊行
37、マルクス原著『經濟學批判序説』(宮川實氏と共
  譯)
    昭和二年刊行
38、マルクス原著『資本論』(宮川實氏と共譯)未完成
    昭和二年第一分册刊行
39、『資本論入門』
    昭和三年第一分册刊行、續刊中
40、『マルクス主義の經濟學』
    昭和三年刊行