私が実際に行った国際結婚手続きについて

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 ここには、私が実際に行った私の妻(タイ人)との国際結婚の手続きと、その時々に感じたことなどが時系列で書いてあります。少しでも、これから国際結婚をしようとしている人の良きアドバイスになればと考えて公開しました。


 自己紹介

 初めに、私の自己紹介をさせて頂きます。私はARAKIといい、埼玉県北部のH市に在住し、すでに中年の域に入っています。そもそもの、結婚のきっかけは、よくある話だと思いますが、たまたま興行ビザで来日していた妻の働く店に友人に連れられて行ったのがきっかけです。今考えると何をトチ狂ったのか分かりませんが、一目惚れというやつで、ついつい、通い虫になってしまいました。

 妻はラットと言い私より7才年下です。仕事で93年2月に来日し8月に帰国しました。その時が初めての来日で、ラットが以前住んでいたバンコクのアパートの住人に紹介されて日本行きを決意したようです。何しろ不安だらけで日本に来たようですが、子供のためにどうしてもお金を稼がないといけないのでハラをくくったようです。この時すでに結婚していたのですが、旦那はよそに女を作って家庭を一切かえりみなかったようです。子供は一人ですが、父親の顔は知りません。それでも、今は私が父親ですので、お父さんが出来たと喜んでいます。

 実際の所、日本へ仕事に来る女性は大体こういった状況を抱えている人がほとんどのようです。


 結婚を決意するまで

 ラットが93年8月に帰国してから、私は電話と手紙で連絡を取り合い、半年に一回ぐらいの割でタイへ出かけました。すでに私は結婚を希望していましたが、ラットの方は離婚が成立していないのと、二度と不幸な結婚をしたくないので私の品定めをしていたようです。

 95年の8月に行ったときに、バンコクで離婚の手続きを始めました。最初ラットは何も知らないらしく、婚姻登録をしたバンケーンの役場(アンパー)へ行ったら、長く待たされたあげく二人揃って来るか、裁判所の離婚決定を持ってくる様に言われ、弁護士事務所に行き離婚の相談をしました。その当時は私もほとんどタイ語が解らなく、何処へ行くのかも分らないで弁護士事務所についていったので、費用をふっかけられて、約半年かかって30,000バーツも取られました。通常は20,000バーツぐらいの筈です。でも、日本よりは安いですけどね。

 半年後の96年1月に、出来上がった裁判所の離婚決定書を持ってまたバンケーンの役場へ行きました。例のごとく長く待たされて(昼休みを挟んで5時間ほど)、婚姻登録証を返し離婚の記載された婚姻履歴票をもらうことが出来ました。


 結婚式

 96年8月1日に、結婚式と婚姻届の必要書類を作るために行きました。今まではフィックスのチケットで安く行ってましたが、何しろ初めての事で、時間がどのくらいかかるのか判らないので、この時はオープンを手配しました。事前に市役所で確認をすれば良かったのですが、届出用紙をもらうだけで帰ってきたので、本当に必要な書類が何かはわかっていなかったようです。

 8月3日の夜に、バンコクの北バスターミナルから夜行バスに乗って、朝まだ暗い内にシサケット県のラットの故郷に着きました。それまで長期の休みを取ってタイに行っていた訳ではないので、ラットの両親と会うのも初めてのことでした。ラットの田舎は、ホントにイサーンの何処にでも有るような所で、本当に何もないところです。結構いい所なんですが、蚊の多いのには閉口します。

 着いたその日の内に結婚式をどうするか決め。翌日は近所の人や近くの親戚が集まって、男は牛一頭の解体、女はバナナと餅米をバナナの葉っぱでくるんで蒸したお菓子それに牛肉を煮込んだ明日の宴会料理を作り、女の子供達は翌日の結婚式で使う、バナナの葉と蓮の花やジャスミンの花で作る、須弥山(しゅみせん)のようなものを作る手伝いをしていました。夜になると前夜祭と言うことでイサーン音楽のバンドを頼んで夜遅くまでドンチャン騒ぎをしていました。

 8月6日に、朝早くから水浴びをさせられ着替えると、式が始まりました。私は何が起こるのか何も知らされていなかったので、ただラットの言うとおりにしていました。式は二部構成で、初めがお坊さんの読経と浄めの水掛け、会食後お坊さん退席、その後長老によるまじないのようなことがあって終了。大体4時間位の式でした。


 婚姻要件具備証明書

 約一週間ラットの田舎に滞在し、その間に婚姻要件具備証明書(バイラップローンクワームソート)をもらいに、ラットとラットのお父さんと一緒に役場へ行った。役場ではしばらく待たされた挙げ句に、「この役場では婚姻の届は出ていない」とだけの証明しか出せないと言われ、しようがないので、それをもらってきました。

 タイの役場は、地方行政区の郡に役場があり、住民は家ごとに住んでいる人間を登録しています。これが住居登録証(タビアンバーン)です。これは日本の住民票のようなもので各家庭で保管しています。住民の移動が有ったときには新しく入った住居登録証などの証明を持って抹消をしてもらいます。婚姻は何処の役場でも行えますが、日本のように本籍地に照会や移動の連絡はありません。ですから、この様な証明しか取れないのは当たり前のことです。もし婚姻要件具備証明書と同じだけの効果を持たせようと思ったら、タイ国内の全ての役場でこの証明をもらうしかないでしょう。

 日本の法務省の見解で、各地方法務局を通じて各市町村役場にはタイ国人との婚姻の場合は、日本の法律を遵守し、偽りなく婚姻資格が有ることを宣誓する書面と、日本人の配偶者がそれを保証する書面を提出することで婚姻要件具備証明書に代えています。


 必要書類の翻訳

 とりあえず必要であろうと思われる書類を持って、バンコクに向かいました。翻訳を何処ですればよいのかわからずに、とりあえず貿易関係の書類の翻訳を行っているらしい、プラトゥーナムの路地の事務所に入りました。そこで言うのは、住居登録証と役場でもらった無届証明それに身分証明書の3点で大丈夫だと言い張り裁判所の決定書はいらないと言います。結局その3点を英語と日本語に翻訳してもらい3000バーツ払いました。その書類を三日後にもらって、タイ国外務省に行くと住居登録証の両親の欄の順番が違うと文句を言われ、身分証明書の方は生年が明らかに間違っていて、翻訳し直してもってこいという。勘弁してくれと泣きたい気持ちになったが、ラットが執拗に食い下がると、女の人がいい方法を教えてくれた。結局翻訳のし直しだが、翻訳が出来ると同時に外務省のスタンプも貰えると言うのでそうしてもらった。料金はボリュームによってで、300〜700バーツぐらいである。

 認証完了は業務日三日後で、その間新婚旅行として静かなホアヒンビーチのリゾートホテルに滞在していた。ホテルタクシーで外務省に直行してもらい認証済みの文書を受け取った。この後バンコクにいる間に、パンティッププラザでアップル純正のタイ語イクステンションキーボードを買った、どれも日本で買った方が安いが、タイ語キーボードはタイしかないので迷った末買うことにした。

 ホテル滞在中に、婚姻届にカタカナで署名、拇印を押させる。


 婚姻届

 日本に帰ってきた次の日に、市役所へ行った。知り合いがいるので、市民課まで同行してもらい同期の職員に頼んでもらった。そこで前述の婚姻条件具備証明書の話になった。事前に市役所のガイダンスを受けなかったのが悪いのだが、2枚の書類を持ってきて「こちらに記入して下さい。」と言われ、宣誓書と身元保証書を渡された。その上現時点では全て揃っていても受理できないと言われびっくりした。タイの女性の待婚期間が310日と言うではないか、確か2年ほど前に在タイ日本大使館に日本から電話をかけて聞いたときに、タイも日本と同じ6ヶ月だと聞いたと言うと、法務局に確認してみますとのことで、私もタイ大使館に電話すると310日だと言われがっかりした。どのみち宣誓書の署名が出来ていないのと離婚を証明する書類を要求され、タイでラットが一人で外務省に行き認証済みの文書をEMSで送ってきた。

 310日の満了を待って再び市役所へ行くと、今度はすんなりとOKで、一応受理証明を2通取っておいて、一週間後に、婚姻の記載された戸籍謄本を取ることが出来た。


 タイ国への婚姻報告

 法的にはどちらか一方の国で婚姻が成立すれば有効な婚姻関係にある訳なのだが、両国で成立させることで不安定な状態を回避できる。実際一方で婚姻が成立していればそれを証する書面の提出だけの報告になる。基本的に日本の法律では婚姻は報告的な事項であり、有効な書面を提出すれば面倒くさいことは一切ない。しかし、ことタイではそうはいかない。その煩わしさを避けるには、初めに日本で婚姻し、その後タイへ報告する方が簡単である。

 96年12月24日に市役所で戸籍謄本を取り、26日にタイに向かった。ついでに正月をタイの田舎で過ごすつもりだった。もし出発までに戸籍謄本が間に合わなかったらと受理証明も貰っておいたのだが、不要になった。27日にアソクの日本大使館領事部へ行き英文の翻訳と認証を請求する。翌28日からは年末年始の休みに入るため、受け取りは97年1月6日になる。翌日の夜便が取れたのでそれでウボンラチャタニーまで飛行機で行く。ウボンからラットの田舎までは車で2時間である。

 正月をラットの田舎でのんびりと過ごし、5日にバンコクへ戻った。翌日領事館で英文を貰い、その次の日にタイ国外務省に行く、タイ語の翻訳のアルバイトと認証を請求、それと入管申請用の書類の翻訳認証も頼んだ、ラットのパスポートの申請も旅券部門で行った。日本語訳の方はホテルまで持ってきてくれた。なかなかサービスのいいアルバイトである。認証は9日、パスポートは14日に出来る。

 9日朝タイ国外務省で認証された文書をもらい、例のバンケーンの役場へ行く、案の定「出来ない」と言っていたが、ラットに「携帯電話で日本大使館に電話しろ」と私が言ったら、びっくりして、婚姻登録証は発行出来ないが、原簿に記載し証明を出すことは出来ると言う。それなら初めからそう言えよ!!その後が傑作である、タイピストが病院に行ったので、待ってもらわないと出来ないとぬかす。何しろ金目当ての口実である。ラットは絶対に賄賂は渡さないと言い、待つことになった。なんとか書類をもらって、急いでまた外務省に向かう、タイの婚姻証明の翻訳と認証を請求して一段落、出来上がりは14日、パスポートと同じだから都合がいい。下のメトロスーパーでスコッチを買ってホテルへ帰った。


 入管で在留資格認定証明書を申請

 帰国後、全ての書類を整えて入管に行く、前婚の婚姻履歴票や前回日本入国時の旧旅券およびその査証欄のコピーを付けたのが、通常よりも多いくらいである。理由書は、これもそうなんだけど、照れが入った文章になってしまうが微に入り細に入り書いたつもりである。提出は一回でOK 窓口の女の人は受理票を渡しながら、約二ヶ月で発行されますと言ったのに、二月経ってもまだ返事が来ない。電話で確認すると年度末で、会社の研修などの申請が多くなっていますので、少々遅れているとのこと。結局4月の中頃に届きました。


 日本大使館領事部への査証申請

 4月22日にタイへ行く、いつもならラットがドンムアン空港に出迎えに来ているのだが、今回は妊娠しているので来させなかった。乗り継ぎでウボンラチャタニーまで行くと、両親とラットと子供の4人で迎えに来ていた。一旦田舎でゆっくりした後バンコクへ行き、4月30日に領事部へ査証の申請をする。5月2日に受け取りに行く。面接があるかと気合いを入れて行ったのだが、すんなりと渡されて拍子抜けした。

 ラットの航空券をアジアホテルのタイ航空のチケットカウンターで手配し、また田舎へ帰った。両親や子供との別れになるので気の済むまでとはいかないが、出来るだけ配慮してやろうと思った。


 日本入国

 12日の夜バンコクへ向かう飛行機がウボンラチャタニーを離陸したときのラットの涙は一生忘れないだろう。5月13日二人でドンムアン空港から日本へ向かうタイ航空のジャンボに乗った。ラットが妊娠しているので、大枚はたいてビジネスのノンスモーキングにしたらジャンボの二階席だった。空港の特別待合い室もしゃれてるし、機内食は豪華で本物のシルバーと磁器の皿の食事には驚いた。もう二度とこんな贅沢はできない。

 13日夜、成田に着く、一番最初の方で降りたのだけど、途中でトイレに寄ったら人混みになったので、やり過ごして一番最後にサテライトからシャトルに乗って入国審査に向かう。入国審査も思ったより簡単であっさりと入国できた。税関すらパスポートを見ただけでパスである。気負っていた分拍子抜けだが、これでやっと念願の日本での二人の暮らしが始まると思うと感激が湧いてきた。


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   いつも無理な手配ばかり注文してすいません。これからもお願いしますので宜しく。

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 クラシックプレイスホテル              BKK 02-255-4444

   日本大使館の近くというロケーションで、アソクの領事部に行くには好都合です。三ツ星

   クラスのホテルですが、和食レストランもあり、まあまあの所です。

   シングル(二人泊まれます)一泊1200バーツはリーズナブルです。


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